「えっ、もしかして田代さん?」

「もしかしなくても田代だろ」
「……まじかよ」
「なんだ大介。文句があるなら自分で行けよ」
「ないですないです!驚いただけ!」

「……おっ、お疲れ様です」

咄嗟に立ち上がり、控えめに頭を下げる。

宮内部長から大介と呼ばれた人は、部長と同じ設計部の佐々木大介さん。
いつか食堂で、部長のことを司と呼んでいた人。
背は部長と同じくらいなのだけれど、ガタイが良いせいか声も大きくて。
見下ろされると少し怖い。

「いやぁ、意外!田代さん、まだ話したことなかったけどよろしくね!」
「はっ、はい!よろしくお願いしますっ」

ガチガチになって勢いよく頭を下げると、また眼鏡がずれてしまった。

「大介。田代が怖がってるぞ」

でも確かに、私なんかがいたら驚くよね。
部長はきっとパンが好きだったから私と話す機会が増えたのだろうけれど、普通なら話そうと思わないもの。

さっき鏡で見た自分を思い出し、肩を竦めてスカートの裾を引っ張った。



道すがら佐々木先輩からは次々と話題が溢れた。
宮内部長と二人は大学からの友人で、同期でもあり仲が良いんだそう。
初めは怖い人かと思ったけれど、私にも気さくに話しかけてくれる。

「それにしても、田代さん大変だよねー」
「えっ?」
「白坂さん、っていうか総務部?いちいちキッツイでしょー?」
「それは私がちゃんと仕事できないからで……」
「そぉ?外見は良いんだけどねぇ、白坂さん」
「いつも綺麗だし、本当美人ですよね。私は田舎者なので憧れます」
「田代さんってこの辺じゃないの?」
「はい。だから道もわからなくて、助かりました」
「そっかぁ、大丈夫?ストレス溜まってない?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
「困ったら遠慮なく司に相談しなね」
「えっ?そんな……」

ただでさえいつも助けてもらっているから、これ以上迷惑かけたくないのに。

「なんで大介が偉そうに言うんだよ」
「嫌なのかよ?酷い上司だな!」
「そうじゃなくて、普通は俺が言うことだろ」
「なんだ司、格好つけか?田代さん聞いて。司はパンが大好物で毎日食ってるんだよ!パンとなると目の色変えてさ、オフィスでは完璧な部長サマが聞いてビックリだろー」

「「……」」

存じております。

私が部長にパンをお裾分けしているって、知らないんだよね?
バレたらそれこそ驚きか。
それにまだ、二人の秘密にしておきたい気もする。

私も部長も咄嗟に口を閉じてしまったが、佐々木先輩は気づかずに話続けた。