「寒かったぁ」

バインダーを抱き締めオフィスに戻る。
ドアを開けようとしたところで、私の名前が聞こえて、入るのを躊躇った。

「あぁ、田代さんでしょー」
「そういえば!ねぇ、昨日の報告書。本当は理子が間違えたんでしょ?」
「あーゆう作業嫌いなのよ。指導係もメンドーだしさぁ」
「特権乱用?ちゃっかり田代さんのせいにしてたしね」
「どーせあの子言い返さないから、ミスったら押しつけとけばいいのよ」
「雑用も黙ってやるし、便利よね」

便利……、かぁ。
やっぱり先輩、自分のミスだってわかってたんだ。
都合の良いように使われた自分が情けなくて、眼鏡を外して溢れた涙をゴシゴシと擦る。


「あいつら……」

ぐすんと鼻をすすって堪えていると、真後ろから低い声が響く。
私は驚いて振り向いた。

「みっ、宮内部長!?」
「白坂にも少し言わないとダメだな」
「やっ、やめっ!」

慌てて服の裾を掴み引き止める。
部長は面白くない顔をして、なんでだとばかりに眉間に皺を寄せた。

「さすがにこれは見すごせないだろ」
「でもっ、幸い大事にはならなかったし。大丈夫です!」
「田代は、それでいいの?」
「……はい。悔しいけど、はっきり言わない私も悪いから。一人でももっと仕事できるように頑張ります」

こんなことで、負けない自分になりたい。
理不尽なことはちゃんと言い返せるような、強い人に。

「……そっか」

頷く私の頭に掌が乗り、その手はくしゃりと髪を撫でる。
そうして「がんばれ」と、部長が優しく囁いた。


…………っ!


息が、上手くできないよ。

喉の奥に引いていった涙は、堪える必要なんてもうなくて。
いつの間にか目尻から溢れて忘れていた涙だけを、部長の指が静に拭った。