ごめんなさい、司さん。
約束やぶります。



「答えは決まったのかな?」

司さんを振り切って給湯室を飛び出した私は佐川専務を呼び止めた。
二人だけで話があると伝えると、社長室へ促される。
社内で一番奥の角を曲がったそこは、私にはほとんど馴染みのない場所。
ソワソワして祈るように組んだ手に、胸の前で勇気を込めた。

「美琴ちゃん?僕のものになる決心はついた?」
「……嫌です」
「それが返事?宮内はどうでもいいの?」
「いいえ。説得しにきました」
「説得?」
「いくら弱味を利用しても、佐川専務が真剣でも、気持ちは無理矢理奪えません」

私を鼻で笑う彼は、今、この空間にはびこる支配者。

「佐川専務……、認めてほしいんですよね」

私は、さしずめ侵略者か。

「え?」
「社長に期待される司さんが羨ましくて、ヤキモチやいてたんでしょう?」
「……」
「堂々と仕事に懸けることができる司さんに、憧れてたんじゃないですか?」
「……なにが言いたいのかな?」
「昔から、周りの人の顔色を伺ってばかりで。受け入れてほしくて必死だったんですよね」
「……意味がわからないんだけど」
「本当は自信がないから強がって自分を肯定してる。本当はそうやって、自分のことを守っていた人」
「違うよ」

蔑んだ声色で壁際に押しやられ、ダンッと鈍い音が耳元で弾く。
衝撃に怯んだ私の心臓は刺すように鼓動した。
佐川専務は冷たい視線で威圧するけれど、逃げるわけにはいかない。

「っ、違うならムキになったりしませんよね?」
「君になにがわかるの」
「わかります」

自分を見てほしくて。
孤独から逃げたくて、癒やされたくて。
何をしても不完全燃焼。

「私も、そうだったから」

眉を下げて笑うと、切れ長の目が大きくなってわずかに揺らいだ。

私は眼鏡に隠れたけれど、佐川専務はきっとその時受け入れてくれる女の人で紛らわせたり、人より優位に立つことで満たしてきたんだと思う。
それってずっと、ひとりぼっちで凄く寂しい。

「認められたいなら、まずは自分の弱さに向き合うべきです」

自分が認めないと強くなれない。
私だからわかる、私だから言えること。

「……そこまで理解してくれるなら、側にいてよ」
「ごめんなさい……」
「…………うん」

こんなやり方は違うって、わかっていたはず。
社長室の真ん中に並ぶ黒いソファーへ体を投げた佐川専務は、初めて優しく笑った。
私の勘違いかもしれないけれど、清々しそうな表情で、恍惚してしまった。

「……酷いよなぁ、美琴ちゃんは。僕をコテンパンに振るよね」
「それは、司さんが大好きなので……」
「宮内のどこがいいんだよ」
「今の私があるのは、司さんが前を見て歩けって言ってくれたから」

私を、笑顔にしてくれたから。



「あなたが好きな私は、司さんを好きな私です」