『宮内のこと、飛ばしちゃうよ?』


佐川専務の言葉が、頭の中でぐるぐると渦巻く。
脅しなのか、冗談なのか。
私の返事次第だなんて……。



入れ違いに出勤した司さんは、私の顔色が悪いことに真っ先に勘づいた。
パンが焦げたからだと上手く言い訳をして逃げたのだけれど、朝の掃除をしている時も10時のお茶汲みの時も、お昼休憩になりカップを回収する時も。
怪訝の念を送られているような気がしてなりません。

「司さん、鋭いです……」

水道の流水音に隠れて大きめの溜め息を溢し、給湯室で黙々とカップを洗う。
ふとした瞬間に突き刺さる、忙しそうな司さんからの無言のマーク。
その射抜くような眼差しに、不謹慎ながらもドキドキと胸は高鳴り緊張しすぎて倒れそうになった。
佐川専務のこととオフィスワークを同時に脳内で処理するにはもはや困難な状況で。

「どうしたらいいのかな」

改めて考える、佐川専務への返事。
私が司さん以外の人を好きになるなんて、地球が引っくり返っても有り得なそうだ。
でも、私のせいで司さんが仕事を取り上げられるなんて、あってはならないこと。

私にできることってなんだろう。


「美琴」

キュッと蛇口を閉めた時、ドアが静かに開く。

「司さん……」
「話す時間取れなくてごめんな」
「えっ」
「どうした?」
「……なんのことですか?」
「コラ」

司さんの視線が痛い。
惚けて唇を一の字に結んだ私とは反対に、口角を少し引きつらせながらガシガシと髪を掻く。

「お前まさか、パンが焦げたで欺けると思ってたのか?」
「……」
「思ってましたか」
「……怪しまれている気はしました」
「はぁ。俺を誘惑する時は素直なくせに」
「誘惑なんて……」
「仕事でも具合悪くても。なんで隠そうするんだ?オドオドしてるくせに強がってばかりだよな」

そうだ私、ずっと助けられてばかり……。
思い返すとキリがない。
嘆かわしくなって俯くと、司さんの親指が目尻をなぞり、触れた眼鏡がカチャリとズレる。
レンズ越しの彼に目眩を覚えると、まるで日常をシャットアウトしたこの狭い空間ではどうしようもなく甘えたくなって。
広い胸に飛び込んだ。

「心配ばっかさせやがって。ちゃんと言えよ」
「……っ」
「俺はお前が大切なんだよ」

掠れた低い声と背中に回された腕に、愛しさで張り裂けそうになる。
その言葉を聞けただけで、幸せ。
私も、あなたは大切な人。

「司さん。設計の仕事、好きですよね」
「え?……うん、まぁ」

楽しいって、好きだって言っていたもの。
司さんの服の裾をきゅっと握り、充電。

彼が飛ばされるなんて、そんなの嫌。

「ごめんなさいっ!」
「……は?」

いつも守られて、助けられてばかりだったから。
きっとこれは、私にしかできないこと。

呼び止められる前に腕からすり抜けて、バンッとドアをぶち開け飛び出した。


あなたを守る。