涙目に睨むと佐川専務が寂しそうに力を緩めポツリと呟く。

「本当に、好きなんだ」


昨日の朝、キスされた時もそうだった。
ふざけているのかと思うと突然凄く一生懸命な顔をするから、よくわからなくなる。
やり方は滅茶苦茶だけれど、本当は弱い人なんじゃないか、傷ついているんじゃないかと、惑わされてしまう。

「どうして、そんな。……私なんか」
「君なら僕を見てくれる気がした」
「え?」
「例え宮内のためでも、僕に意見した君なら僕自身を理解してくれると思ったんだ」
「だけど、私は嫌いって言ったんですよ?」
「それでも、嬉しかった」
「……っ」
「君みたいな真っ直ぐな人に愛してほしい。側にいてほしいんだ」

真剣な眼差しで佐川専務は微笑んだ。
あぁ私、こんな人をよく知っている。

「……信じてよ」
「気持ちは信じますけど……」

切なくなりゴクリと喉を鳴らす。
胸が苦しかった。

「私は、司さんの側にいたいんです」

意を決して視線を合わせる。
慣れない人と目を合わせるのはまだ苦手。
だけど、気持ちをわかってほしいと思ったから。

「だから、恋人にはなれません」

濁った瞳は何を考えているのかわからなくて悲しくなったけれど、ほんの少しでも伝わっただろうか……。

トクントクンと小さく動く鼓動と、遠くで走る風のざわめきと、シンとした社内で鳴り続ける低い空調機の機械音と。
そのシンフォニーは催眠術に似て、思考を鈍らせた。

フッと息を吐いた佐川専務は私を嘲笑う。

「宮内のこと、飛ばしちゃうよ?」
「……え?」
「それでもいいの?」
「飛ばす……」
「つまり宮内の仕事は、美琴ちゃんの返事次第」


頭の中が真っ白だ。


「僕と宮内どっちがいいか。よく考えてね」

話していたのは長いようでほんの数分。
颯爽と立ち去った彼の残した高圧的な笑みに背筋が凍り、掴まれていた手首はジリジリと冷えて苦痛だった。