昼時になると必ず、眠気覚ましに大介と食堂の勝手口を出て雑談するのが日課。
若干湿気っぽいこのスペースで、二人でよく愚痴を煙と一緒に吐いたりして過ごした。

「司ちゃん、死にそうな顔してますよ……」
「眠すぎて死ぬかも」
「てっきり司と佐川部長は仲良いのかと思ってたよ」
「はぁ?」
「信頼あっての痴話喧嘩みたいな」
「キモイこと言うな」
「マジだって。しかし最近、司に対して傲慢だよなぁ」
「なんでも社長に認められたいらしい。俺が足を引っ張っているそうで申し訳ないよ」
「ハハッ、なんだそりゃ。社長もさ、佐川部長にはどっか冷たいんだよね」
「……そうなの?」
「いつだか、お前はその程度か!って怒鳴られてんの見た」
「ふーん」
「司も迷惑なとばっちりだよな」

なんとなく見えてきた社長と佐川部長の関係。
常に周りから試されているから孤独だって、佐川部長が冗談交じりに漏らしていたことがある。
その時は普段の軽率な奴からは想像もつかなくて笑ったけど、あながち冗談ではなかったのか。
しかし巻き込まれている身は不条理。
釈然とせず生まれた消化できないムカつきをなんとかしたくて、深呼吸をするように長くゆっくりと煙を空へ吹きかけた。

「そういや、この間の合コンの彼女どうした?会ってる?」
「……あー?あぁ!忘れてた」
「えっ、放置!?」
「あんまりシツコイから付き合っただけだし……」
「うわ最低っ!」
「一回は電話に出たぞ。ただ、残業してんのに彼女優先しろって延々と文句だから……」
「それ辛いねぇ。お前、別れましょうの工程も面倒になってるだろ」
「正直、仕事が忙しい」

思い返せば鳴りまくるうるさい電話もメッセージも脳内から除外。
確かに最低だな、俺。
それでもしつこい彼女に連絡するのは億劫で、ひたすら仕事に明け暮れた。



眠気と戦いながらのとある日、俺は部品の発注ミスで結構な損失を出してしまう。

社長に呼び出され原因を追求されたが、俺が犯した確認不足、不注意なのは確か。
佐川部長によるオーバーワークは耳に入っていたらしいが、例えお陰様で寝不足でもそんなの理由にするほど落ちぶれたくない。
潔く自分のミスだと謝った。
社長から厳重注意をくらい、フラフラとデスクへ戻ると佐川部長は嘲笑う。

「僕の責任だと報告してきたのかな?」
「そんな報告するわけないじゃないですか」
「え?」
「ミスったのは俺なんで」
「さすが、社長のお気に入りは違うね」
「はぁ?」
「……良い人ぶってると今に後悔するよ」


その後間もなく発覚したというか、佐川部長が自慢気に、会社の近くで待ち伏せする君の女を抱き込んでやったと言ってきた。

「仕事ばっかりして浮気される気分はどうかな?」
「増やしたのは佐川部長でしょ」
「彼女、君より僕のほうがいいってさ」
「そうですか」
「あれ、怒らないの?」
「俺を焚きつけようとしても無駄ですよ」
「フン。強がりかい?本当は仕事なんて投げ出したくなってるんじゃないの?」
「ハハッ。まさか」
「……君のその整然とした態度はどうしたら崩せるんだろうね」

結局は八つ当たりか?
佐川部長は気に入らないけど、こんな付き合い方も悪いしうまく別れられて良かったとしよう。
本人は俺にダメージを与えたかったらしくて悔しそうだが、相手にしている暇はない。

「忙しいんで、用がないならどっか行ってもらえます?」
「宮内は仕事人間だね」
「お言葉ですけど、納期が遅れれば会社の信用が落ちるでしょ?目の前の仕事をしてるだけです。仕事人間じゃありません」
「……僕と君は根本的にウマが合わないよね。今までやってこれたのが奇跡だよ」
「同感です」
「そこまで向き合える君が羨ましい」
「は……?」

今でも印象に残る後ろ姿。
その時はヘラヘラとよく喋る野郎だななんて煙たがって、それ以上気にもしなかった。



翌月、別工場のサポートという名目で佐川部長は移動。
俺の発注ミスの後すぐに、オーバーワークが問題となり制裁は決まっていたらしい。

嫌味や嫌がらせは腹いせだったのか。
本質もわからず腑に落ちないまま、時は過ぎてそれきり会うこともなかった。