佐々木先輩と理子先輩が励ましてくれたけれど、どこか呆けてしまい眼鏡に隠れて時間を過ごした木曜日の午後。
佐川専務は本当に一度も追いかけてこなかった。
朝のアレがなければ平和な一日だったのに。
勤務時間が終わると、一目散に会社を抜け出す。
満員電車も夕方の帰り道も、視界にフレームがあるだけで視野が狭くなる。
それだけで自然と俯ける自分が可笑しかった。
「明日、会社行きたくないな……」
グスンと鼻をすすりながら、クッションを抱き締めてフラフラとベッドに横たわる。
帰宅してすぐにお風呂へ入り、のぼせるまで無心で浸かっていたから。
茹で上がり目を回していると、静かな部屋に着信音が響いた。
「…………司さん」
震える指先で通話ボタンをタップする。
スマホを耳に当てても何も言えなかったのは、喉が渇いていたからだろうか。
『美琴?』
カラカラの体だったはずなのに、彼の声を聞いただけで瞳から落ちた雫がベッドを濡らした。
「……っ」
『今から行くね』
「えっ!?」
優しいのか無愛想なのかもわからない一言だけで、唐突に切れた彼とのライン。
どうしよう。
会いたい、会いたいけど。
司さんの顔を見たら、我慢できないよ。
戸惑いの中、涙を飲み込む間もなく薄暗い玄関からインターホンが鳴る。
眼鏡をかけていれば、泣いたってわからないかな。
両サイドの髪をなるべく顔に寄せてドアを開けた。
「……お疲れ様です」
「……美琴」
直接聞いた大好きな声にビクリと肩を揺らす。
「大丈夫?」
「……あ、っ」
俯いていたいのに。
顔を見られたくないのに。
司さんは乱暴に私の眼鏡を外して、顎を掬い上げた。
多分赤い目元を、鋭い視線がなぞる。
こんなに怖い司さん、初めて見た。
また込み上げた涙が熱い頬を伝い、言葉にならず目を閉じることしかできない。
「ごめん、俺のせいだ」
……え?
白いシャツがふわりと目の前に降りて、温もりに埋もれた。
司さんは力強いのに、凄く優しく包まれる。
「……大介に聞いた」
「ごめんなさ、……っ嫌いに、ならないで」
「なるわけないでしょ」
「んっ」
涙でボロボロの私を覆った突然の困惑。
重ねられた唇は強引で、深くて苦しくて、足りなくなった酸素によろめいた。
「あ、……わり」
こんなキスもあるんだ……。
重力に潰れそうになり思わずしがみつくと、抱き上げてベッドに座らせてくれる。
隣に腰を下ろした司さんがネクタイを緩めて息を吐くと、その手で優しく頭を撫でた。
淡々と語りだしたそれは、司さんが入社して二年目のことだったそう。
佐川専務は本当に一度も追いかけてこなかった。
朝のアレがなければ平和な一日だったのに。
勤務時間が終わると、一目散に会社を抜け出す。
満員電車も夕方の帰り道も、視界にフレームがあるだけで視野が狭くなる。
それだけで自然と俯ける自分が可笑しかった。
「明日、会社行きたくないな……」
グスンと鼻をすすりながら、クッションを抱き締めてフラフラとベッドに横たわる。
帰宅してすぐにお風呂へ入り、のぼせるまで無心で浸かっていたから。
茹で上がり目を回していると、静かな部屋に着信音が響いた。
「…………司さん」
震える指先で通話ボタンをタップする。
スマホを耳に当てても何も言えなかったのは、喉が渇いていたからだろうか。
『美琴?』
カラカラの体だったはずなのに、彼の声を聞いただけで瞳から落ちた雫がベッドを濡らした。
「……っ」
『今から行くね』
「えっ!?」
優しいのか無愛想なのかもわからない一言だけで、唐突に切れた彼とのライン。
どうしよう。
会いたい、会いたいけど。
司さんの顔を見たら、我慢できないよ。
戸惑いの中、涙を飲み込む間もなく薄暗い玄関からインターホンが鳴る。
眼鏡をかけていれば、泣いたってわからないかな。
両サイドの髪をなるべく顔に寄せてドアを開けた。
「……お疲れ様です」
「……美琴」
直接聞いた大好きな声にビクリと肩を揺らす。
「大丈夫?」
「……あ、っ」
俯いていたいのに。
顔を見られたくないのに。
司さんは乱暴に私の眼鏡を外して、顎を掬い上げた。
多分赤い目元を、鋭い視線がなぞる。
こんなに怖い司さん、初めて見た。
また込み上げた涙が熱い頬を伝い、言葉にならず目を閉じることしかできない。
「ごめん、俺のせいだ」
……え?
白いシャツがふわりと目の前に降りて、温もりに埋もれた。
司さんは力強いのに、凄く優しく包まれる。
「……大介に聞いた」
「ごめんなさ、……っ嫌いに、ならないで」
「なるわけないでしょ」
「んっ」
涙でボロボロの私を覆った突然の困惑。
重ねられた唇は強引で、深くて苦しくて、足りなくなった酸素によろめいた。
「あ、……わり」
こんなキスもあるんだ……。
重力に潰れそうになり思わずしがみつくと、抱き上げてベッドに座らせてくれる。
隣に腰を下ろした司さんがネクタイを緩めて息を吐くと、その手で優しく頭を撫でた。
淡々と語りだしたそれは、司さんが入社して二年目のことだったそう。