次の日、さっそく啓太は部を代表してブチョウ先生に会い昨日のことを伝えた。

「えっ?お前たちで小林の濡れ衣を晴らす、って?」

ブチョウ先生は啓太の話を聞くなりびっくりして飛び上がった。

「だって、あいつがヤルわけ、ないですから。このまま何もしないで指をくわえているわけにはいきません。僕たちは何が何でも甲子園に行かなきゃいけないんです」

啓太はここまで言うと
「あとは僕らに任せてください。絶対に迷惑はかけません」
と言って早々に職員室をあとにした。

そして放課後の練習が終わったあと、啓太、健大、勇士、圭介、そして拓海の五人でさっそく祐弥がオメイ、を着せられた駅前の書店に向かった。

「あいつ、ここでバッグと紙袋を横においたまま立ち読みしてた、って言ってたよな」

健大は店に入るなり入り口付近の雑誌がたくさん山積みされているあたりに行って腕組みしながら考え込んだ。そのあたりはレジからはちょうど死角になっていて直接見ることが出来ない場所だった。昨日の五人の推理はこうだった。

「立ち読みしてる祐弥の紙袋に、誰かが故意か偶然かは別として漱石の『こころ』を入れたか落としたかだ」

なので
「その瞬間をとらえた防犯ビデオがあれば疑いはハレル」

あとは防犯カメラの位置だ。五人はあたりと天井を見廻した、が、どのカメラからもそこの場所だけが映すことの出来ない「死角」になっていたのだ。

「マジかよ・・・・」

健大が頭をかかえた。

「これじゃ、入れられた瞬間は映ってないよな~」

「どうする?」

五人は今日、店員さんに頼んで当日のビデオを確認してもらうつもりだったのだ。
しかし祐弥が立っていた場所がカメラから死角になっていたのではどうにもならない。

「ほかのカメラに誰かがソウセキを持っているところが映っていたら祐弥じゃないって証拠にナラナイか?」

健大がソウダ、と言わんばかりに右手をコブシにしてそこに左の平手をパチンとあててさけぶように言った。

ナルホド、と一瞬、みんなの脳裏をその案が駆け巡ったが、次の瞬間、啓太がつぶやくように言った。

「でもそれじゃ、祐弥じゃないっていう、決定的な証拠にはならないんじゃないか?」

それで四人はまた、思案に暮れた。

「う~ん、確かに疑いは弱まるかもしれないけどムザイホウメンってことには
ナラナイカ~」

五人はしかたなくとりあえず店を出て、同じビルの中にあるファーストフードの店に入り、再び作戦会議を催すこととした。

おもいおもいにハンバーガーやポテトフライを頼んで席に着くとまた、ため息が出た。

「どうする?」

「まいったよな~」

「あ~あ、お手上げか?」

彼らには時間がナイノダ。この手の事件はいち早く県の高野連に報告をしなければ、ペナルティになってしまうからだ。

「ホウコクヲしてもジゴク、シナクトモジゴク」なのだ。

「やっぱり、オレタチだけの力じゃ、ムリなのかな?」

啓太が力なくつぶやいた。

「これで、甲子園もナシか~」

圭介も涙を流しそうな表情をして下をむいたままポツリと言った。でもその時、健大からカツが飛んだ。

「バカ野郎!あきらめてどうすんだよ!甲子園も大事だけど、それよりドロボウの濡れ衣着せられたあいつの汚名を晴らしてやんなきゃダメだろ!」

こんなとき、そう、いつもみんながガックリとしてる時、健大は絶対に音をあげないのだ。いつも、ツヨイのだ。

「だよな、甲子園よりも大事なものがあるよな」

勇士が言う。

「???」

圭介のポカンとした顔を見て勇士がタタミカケル。

「ユウジョウだろ?このままじゃ祐弥は一生、万引き犯って言われるんだぞ!」

勇士は顔を真っ赤にしてさけぶように言った。その顔はまさに、試合の時と同様の、真剣そのもの、だった。

「だよな、あいつは濡れ衣を晴らそうにも謹慎中だから行動できないんだ。オレタチがやらなくてどうすんだよ?」

啓太が続いた。五人にまたまた、精気が蘇ってきた。そんな時、拓海が切り出した。

「ヒラ、優里亜ちゃん呼んで。ケーは真琴ちゃんを」

そういうと拓海は携帯を取り出して自らはあきなを呼び出した。

「遅くに悪いんだけど急用なんだ」

そして自分の要件が終わると健大と圭介に「ハヤクして!」と催促した。
ふたりはポカンとしながらも拓海の切羽詰まった表情に当てられていう通りにする。

そしてふたりが電話をかけ終わると啓太が拓海に切り出した。

「どういうこと?」

啓太に訊かれた拓海は恐る恐る話し始めた。

「とにかく、時間がないんだろ?早く真犯人を捕まえないと『オワッチャウ』。ビデオがだめならもう、モクゲキシャを捜すしかナインじゃない?」

拓海はそういうと飲みかけのアイスコーヒーをひとくち、口に入れてまた話しだした。

「だめかもしれないけどみんなに手伝ってもらって誰かがユウの袋にソウセキを入れた瞬間を見てないか、捜し出そう」

拓海はそこまで言うと、今度は具体的な考えを説明しだした。

「あそこの本屋は結構、高校生が多いだろ?あきなたちにビラを作ってもらって店の前で配ってもらうんだ。目撃情報オネガイします、って」

「ナルホド!!!」

「じゃ、優里亜には向こうの学校の中でも配ってもらおう」

「そうだな、ふたりには自分の学校でも配ってもらってあきなには英誠のなかでも情報集めしてもらおう」

そんなことを話しているうちにあきな、優里亜、真琴の三人がお店に入ってきた。
総勢八人はざっと自己紹介をして、さらに自分たちの、つまり拓海、健大、圭介、そして優里亜、真琴のあらましを勇士、啓太に説明すると早速、ホンダイ、に入った。

まあ、早速と言っても勇士はなんだかナットクしてない雰囲気がアリアリだったのだけれど。

「イイよな~オマエタチハ~」
と羨ましそうな顔をして半分不貞腐れ状態だったのを啓太が一蹴した。

「ウラましがってるバアイかよ?」

拓海たちが事情を話して頭を下げて頼むと、三人の女生徒たちは快く手伝う、と言ってくれた。

そして今晩中にビラを作って明日から学校と本屋の前で配り始めると約束してくれた。

「だって、みんなは練習があるでしょ?」

あきなたちはそういうと必ずわたしたちが目撃者を捜し出すからみんなは野球に集中してね!と胸をタタイタのだった。

「よ~し、じゃあ悪いけどよろしくお願いシマっす!」

啓太が三人の女生徒に代表して礼を言った。そして別れ際、優里亜が健大にささやいた。

「そのかわり、甲子園、連れてってよね!」 

                  ※


 小林祐弥はそのころ、家の自分の部屋のベッドで横たわっていた。
つい先ほどまで庭で素振りをしていたのだけどやっぱり身が入らずほどほどに切り上げて
部屋に戻ってきたのだ。

自宅謹慎を言い渡されたのは日曜日の夜半過ぎ、つまり昨日の夜だ。

警察まで迎えに来てくれた担任がソノバで教頭先生と連絡を取ってソノバでキマッタ。
祐弥は力なく寝ころがりながらなにげに天井を見た。

今まで気が付かなかったけど、
そこには小さなシミ、のようなものがあった。

「なにかの昆虫、みたいだな」
とひそかに思った。

思い返してみれば今まで、恵まれた野球人生だった。順風満帆だった、と十分に言えるはずだ。

小学校二年生の時に五歳年上の兄の影響で野球をはじめた。自営業の父親は近所の少年野球チームの監督をしており、当然のことのように自分もそこに入った。

そしてエコヒイキなしに、すぐに中心選手になった。

生まれながらに野球センスに恵まれていたのだ。

これはほぼイデンで、なぜなら兄もうまかったからだ。その兄は中学を卒業すると神奈川県の強豪高校へ入学した。父親は厳しく、息子たちが負けることを良しとしなかった。

なので打てなかったとき、相手投手に抑えられた日には、夜遅くまで素振りをさせられた。

でもそのおかげで常にレギュラーでしかもいつも一番か三番を任された。
足が速かったのである。英誠に入ってからも入学早々に試合に出してもらった。

そして健大や勇士といった力量のある同級生にも恵まれ、ここにきて拓海も入部、まぎれもなく甲子園に出られるところまでたどり着いたのだ。

なのに、たまたま立ち寄っった本屋で店を出てエスカレーターに乗ろうとした瞬間、呼び止められた。

「ちょっとすみません、その紙袋の中をカクニンさせていただけますか?」
だと。

一瞬、わけがわからず
「ああ、どうぞ」
と言ったらナンテコトない、そこから見たこともない本が出てきたのだ。

「ハッ???」

その本はナツメソウセキという人が書いたらしく、題名は「こころ」というらしい。
モチのロン、その人の名前くらいは知っていたけど、有名だから、でもどんな人なのか?

いつ頃の人なのか?どんなショウセツ?を書いていたのか?本屋さんにもお巡りさんにも悪いけどゼンゼン知らない。

知らない人の本が知らない間に知らない人によって自分の紙袋に入れられたのだ、
タブン、きっと。

なのに、本屋さんもお巡りさんも
「君がトッタ」
という。ダレもナニモ、キイてクレナイ。

なにがなんだかわからないうちに自分は「ドロボー」にされてしまったんだ。

これで英誠学園は対外試合禁止で夏の予選は出られないだろう、甲子園も夢で終わる。オレの運も、ここまでだ。もう、ガケップチだ。

自分も悔しいけど、兎に角、みんなに悪い、すまない、申し訳ない気持ちでいっぱい。
気の短い親父は警察に怒鳴り込んでいったけど、結局どうすることも出来ずに、家に帰ってきた。

「お前じゃないことはワカッテル」
と言った親父。

次の日、つまり今日なんだけど電柱に車をぶつけてしまいどうやら廃車にするらしい。かなり上等な車だったのに・・・・

これもたぶん、オレのせいか?きっと、そうなんだろうな~。母さんは熱が出て、寝込んでるし。これで小林家にイッキニ災難がフリソソイデきたことがメイハクになった。

啓太はちゃんと練習はしておけ、と言った。でも、ミガハイラナイ。自分は自宅謹慎中なのでシンハンニンを捕まえることが出来ない。

こんな、情けない、迷惑かけっぱなしのオレなのに、みんなは
「オレタチが必ず濡れ衣を晴らしてやる」
という。

誰ひとり
「お前のせいで・・・・」
などと言わずこんな俺を信じていてくれる。なんてイイ奴らなんだろう。

みんなが餃子を口に入れながらしかもモグモグと何を言っているのかはよくはわからなかったけど、どうやらオレを励ましてくれているということは伝わってきた。

携帯の向こうからニンニクの匂いがプンプンとしてきてなんだか涙が出てきた。

これは友情に対してなのか?ニンニクが目に染みたのか?自分でもわからなくなっていた。しかし最後に勇士に言われたことは正直、ショックだった。

「拓海がナ、ソウセキが出てきたこと自体、お前じゃない何よりの証拠だって言ってたぞ。みんな、それを信じてる。ゼッタイ、オマエジャない!」

そういえば、警察までオレを引き取りに来てくれた担任の先生も言ってたな~。

「これを?オマエガ???」

そんなにオレがソウセキを読んじゃ、イケないのか?
あ~あ、こうしててもイタタマレナクなるだけだ。

もういいちど庭に出て素振りでもするかな?あいつらのためにもヘコンデチャいられないカラナ。