「あの!」
私の声に斜め前を歩いてた田嶋くんが立ち止まり振り返った。
「き、昨日は楽しかった?」
じゃなくって!
『うん。とても楽しかったよ。
……途中までは。』
途中までは、って。
「昨日、私何か迷惑かけちゃったかな?」
ドクン…ドクン…て心臓が破裂しそうな位音を立てて鳴ってる。
『…迷惑って何の事?』
「その…田嶋くんに…とんでもない事しちゃったような気が…」
そこまで言ってるうちに、田嶋くんの顔がみるみる曇ってくのがはっきりとわかった。
やっぱり私がキスした相手って…田嶋くん?
「ご、ごめんなさい!!私、すごく酔ってて…その…キスした事も…あまり覚えてないっていうか…でもっ!」
『もういいよ。言わなくて。
別にそれ俺じゃないし。』
…え?
田嶋くんじゃ…ないの?
その時私の目に写った田嶋くんの顔は。
すごく冷めた目で私を見てる顔だった。
酔ってそんな事するんだ。
軽蔑したよ。
そう言われた気がするような、そんな目。
私と目を合わすのも嫌なのか、何も言わないで、前を向いて歩き出す田嶋くん。
ああ、嫌われちゃったんだ。
すぐにそうわかった。
「ーっ!ごめん!財布エミの家に忘れて来たみたい。
だから欲しいもの買うの我慢するね!
私、河原に戻ってるから!!」
『は?お金くらい貸す…おい!?』
お財布忘れたなんて嘘に決まってるじゃん。
田嶋くんの側に居られないからだよ。
田嶋くんだって私と一緒にいたくないでしょ?
田嶋くんの声を聞こえないフリして私は来た道を走って戻りだした。
その時に、髪につけてたコサージュが落ちてしまったと気付いたけれど。
振り向いたら、田嶋くんの姿が目に入っちゃう。
そしたら、またあの冷たい視線で見られてるとわかっちゃうよ。
そんなのまた見たら、きっと泣いちゃう。
コサージュはまた買えばいいもん。
あの目で見られるより全然マシだもん!
私は足の開きずらい浴衣でできる限りの全速力で走って田嶋くんの前から逃げ出した。
河原に降りる階段手前まで来てようやく走るのを止めた。
立ち止まった瞬間に噴き出す汗とハアハアとした呼吸。
「あは…凹むなぁ…」
自嘲気味に言って余計に苦しくなって
その場にしゃがみこんだ。
河原の奥の方から微かに見える花火と煙。
聞こえるみんなの笑い声。
駄目だ。今戻ってもきっと上手になんて笑えないよ。
こんな顔見せたらみんなに不思議に思われる。
しゃがみこんだまま膝を抱えて顔を沈めるけれど。
頭の中をグルグルと田嶋くんの冷たい視線に不機嫌な顔が浮かんで消えてくれない。
あんな顔されるなら
キスした相手が誰かなんて探さなければ良かった。
田嶋くんかもなんて淡い期待しなければ良かった。
田嶋くんに…
あんなバカな質問しなければ良かったーー
そしたら、昨日みたいに私に笑いかけてくれたりしたのかな?
「…ひっく…。私って馬鹿だなぁ…。」
『何がバカだって?』
膝に顔を埋めたまま言った独り言に答える声が聞こえて驚いて顔をあげた。
『え?真奈美泣いてんの?』
目の前にいたのは義彦。
驚いた顔して私を見下ろし、慌ててしゃがんで覗き込まれた。
慌てて涙を拭ったけれど、泣き顔みられちゃった?
『何で泣いてんの?修となんかあったか?』
田嶋くんの名前が出ただけでズキンと痛む胸とジワリと滲む涙。
ここで泣いたら、田嶋くんは何も悪くないのに、迷惑かけちゃう。
「違うよ。何かまだ昨日の酔いが残ってるみたいで気持ち悪くなっちゃって。
吐きそうで我慢してたら涙目になっちゃったの。」
痛む胸を抑えて立ち上がる私につられるように義彦も立ち上がる。
「心配かけてごめんね!もう大分平気だから戻ろうか。
…あれ義彦なんでここにいるの?」
『あ?ああ。タバコきれたからそこの自販機まで買いに…。』
ふわっと義彦から香水の香りがして…ハッとする。
そしてタバコというその言葉に忘れてた記憶が少しだけ甦った。
昨日キスされた時、体から香水の香りがして、それからタバコの香りもした。
ああ、こんな香りがするんだって、キスしながらなんだかその人の全てを知っちゃったみたいに思えて、嬉しいと思ったんだ。
あの香りが義彦からするってことは……
「私が昨日キスしちゃったのって…義彦だったの?」
問いかけた私に不思議そうな顔をして、私の後ろを見つめてぼんやり考える義彦。
そして一言、
『そういう事か。』
ニヤリと笑って呟いた。
え?どういう事?
っていうか、もしかして私また間違えた??
「あ!違うならいいの!
タバコ買いに行くんだよね?
私先に戻るか…ら…!?」
離れようとした私の肩を抱いて腰に手を回してくる義彦に、ゾクリと体が鳥肌が立った。
ち…がう。義彦じゃない。
昨日感じた感触はこんなのじゃなかった。
私の体が昨日の人と違うって全身で訴えている。
「や…離してっ!!」
『なんで?昨日はさせてくれたんでしょ?』
嫌がる私の体を更に引き寄せようとする。
「違う!義彦じゃない!!私がキスした相手はっ…」
そこで言葉に詰まってしまう。
キスした相手は誰だって言うつもり?
覚えてもないくせに。
何て言おうとしたの?
『俺じゃないなんて断言できる?真奈美相当酔ってたんだってエミから聞いたけど?』
え、エミのアホ〜っ!!
『俺のモットー据え膳食わぬは男の恥っていつも言ってるじゃん。
俺に聞いたのが間違いだよ。』
近づいてくる義彦の顔。
ジワリとまた滲んでくる涙。
もう駄目だ!って目を閉じた瞬間に
体の圧迫感が消えた。
………あれ?
ゆっくりと目を開けると。
地べたに尻餅もついてる義彦と、
義彦と私の間に立っている
「た…じまくん?」
うそ…何で!?
『義彦…お前何してくれてるの?
俺の気持ち知ってるよな?』
助けてくれて嬉しいけど…
きっと田嶋くんは義彦と私を見て、目の前でそんな事するなって怒ってるんだ。
俺の気持ちってそういう事なんだよね。
カンペキ嫌われたと思うと体がガタガタと震えてきた。
これ以上嫌われたくないのに、どうしてこうなっちゃうんだろう。
ポロポロと涙が溢れてきても、拭くことも出来なくてただ震えながら立っていた。
背中を向けてた田嶋くんがゆっくりと振り返る。
ドクン…
またあの冷たい目で見られるの?
やだ…見ないで。
あんな冷たい目で私を見ないで。
ギュッと強く目を閉じた私をふわりと柑橘系の爽やかな香りの腕が包んだ。
目を開けると真っ暗で何も見えない。
田嶋くんに抱き締められてるんだってわかった。
な…んで?
何が起きたのかわからなくて目をパチパチさせる私の体を少し離して覗きこまれる。
『平気か?体まだ震えてる。』
覗き込んだその目は…さっき見た冷たいものとは違って、切なげな目に心配そうな顔。
私、嫌われたんじゃないの?
「ひっ…く……ううっ…。」
心配してくれた事が嬉しくて。
軽蔑されてないのかもって安心感も合わさって。
どんどん溢れる涙。