「桐島課長、どうしてわたしにそんなことを……」

そんな弱々しい桐島課長を見るのは初めてだったから、改めて自分が桐島課長へかける言葉がみつからない。

桐島課長の胸に今すぐ飛び込んで好きでした、付き合ってくださいっていいたいのに、それなのに、足がすくんで動けない。

ただ桐島課長の姿をみることしかできなかった。

「ごめん。深酒したみたいで、変なこといっちゃったね」

桐島課長はハハハと空笑いをした。寂しい笑い声だった。

「あ、そうだ。ちょっと待ってて」

そういって、桐島課長は部屋のドアの鍵を開け、中へ入りすぐに外の廊下に戻ってきた。

手には単行本と茶色のフェイスタオルがあった。

「ありがとう。返しそびれてしまって。本もタオルも」

手をのばし、本とフェイスタオルを受け取ると桐島課長はうん、と軽く頷いていた。

「お役に立てられてよかったです」

「素敵なエンディングだったよ」

素敵なエンディング、か。

これでいいだなんて思っていない。

「こちらこそ、本当にありがとうございました。また会社で。おやすみなさい」

「おやすみ」

自分の部屋の前に立ち、ドアの中へ消えていく桐島課長を見送る。

わたしも自分の部屋の中へと向かった。

これで接点はなくなったのか、桐島課長との。

チャンスを自分でつぶしてしまった。

茶色のフェイスタオルからはふかふかで暖かく、それでさわやかな柔軟剤の香りが漂っていた。

気がつけばまた雨が強まったのか、ベランダに続く窓に大きな音を立てて雨粒が叩きつけられている。

窓にうつるわたしの頰に多くの雨粒がついているように思えたけれど、気がつけば涙が頰を伝っていく。

気がつけば、返してもらった茶色のフェイスタオルで顔を覆っていた。