非常階段で二人っきりになる機会は多くあれど、さすがに傘の中となると、桐島課長との距離が近づきすぎて戸惑ってしまう。

何から話を切り出していいかわからず、ただマンションまで歩く。

桐島課長のほうが足が長いので足の短いわたしに気を使ってか、小さな歩幅で合わせて歩いてくれていた。

ちらりと右横をみると、ビニール傘越しに街灯の白い光が桐島課長を照らす。

とても艶やかだな、とその姿に目を奪われそうになるのを必死にこうこうと照らされているコンビニだったり自販機だったりをみてごまかしていた。

信号機が赤になり、わたしたちは信号待ちをする。

比較的交通量の多い大きな道路を挟んで少しいったところが我々の住むマンションだった。

「本当はいきたくなかったんだけどね。自分の歓迎会っていうのに」

「どうしてですか?」

「昔、自分が新人の頃、飲み会でいろいろあってさ。それから行かないって決めていたんだけど」

「……そうだったんですね。無理させてしまって」

「でも、染谷さんがやろうっていってくれたし。それに、星野くんが」

歩行者用の信号機が青に変わり、わたしが歩き出すと、桐島課長は話をやめ、一緒に歩み出した。横断歩道の真ん中に差し掛かったとき、急に右折発進してきた車が歩道へと近づいてきた。

「キャッ……」

すると、桐島課長はわたしの左手首を掴んで引っ張るように駆け足で横断歩道を渡りきり、その場に立ち止まった。

「す、すみません」

わたしが謝ると桐島課長は眉をひそめ申し訳なさそうな顔をしていた。

「痛かった? 俺のほうこそ、ごめん。急に強く手首握って」

「い、いえ助かりました」

ずっと手首を持っていたままだった。

つながれている手首が熱い。

手首に視線を感じたのか、ああ、ごめんと、急にパッと桐島課長は手を離す。

わたしはどうしていいかわからず、ただ桐島課長の傘の中に入ったままだった。