「本、読んでるよ。結構古い作品だけど、今読んでもホントいい話だね。青春時代に戻れたっていうか」

桐島課長は嬉しそうにわたしに顔をむけて話しかけてきた。

苦い恋の始め方、読んでくれているんだ。

自分に眠る本の情熱が話したいという気持ちを後押しする。

「そうですよね。主人公のエイコちゃんが片思いの子にアタックしようかしないかっていうもどかしいところがムズムズするっていうか」

「ああ、それわかる。言えば終わっちゃうんじゃないか、言わないと他の人にとられちゃうんじゃないかっていうところでしょ」

「そう、そこです。読みながら早く話しかければいいのに、って思うんですけど、周囲が邪魔して話せないんですよね」

「片思いの彼ももう少し気を使ってあげればいいのにね」

「ホントそうですよね。エイコちゃんの気持ち、考えてもらいたいものですよね。好きっていう気持ちはちょっとでもわかってるくせに」

「そうだな」

といって、桐島課長はクスっと笑っていた。

こんなに本について話ができるなんて幸せだ。

「キラキラしてるね」

「えっ」

「本の話をしてる、星野くんの瞳。見ていて清々しい気持ちになる」

「桐島課長……」

暴走気味を抑えてくれたのか、なんなのか、初めて桐島課長からドキドキさせるフレーズを聞かされた。

「まだ途中だからネタバレはなしで、ね」

「わ、わかりました」

わたしの動揺も見ないふりなのか、立ち上がりスーツについた砂埃を叩いていた。

「もうちょっと貸してもらうよ。早く読んでもいいけど、もうちょっと本の世界に浸りたいんだ。あ、この間のタオル、きちんと干しておいたよ。一緒に返すから」

と、桐島課長はまたにっこりと笑って中へ戻っていった。