クローゼットの前で立ち止まる。

いきなり着飾ったりしたって浮くだけだし、部屋を見回してもゴミ屋敷ではなく、普段の生活レベルに合わせてちゃんと掃除もしてるし、洋服もそのままで特別なことをする必要もないか。

窓の外が少し騒がしくなった。

カーテンを開けると、幾重にも雨粒が窓に叩きつけられていた。

さっき曇っていたから雨、降ってきたか。

部屋のチャイムが鳴った。

ドアスコープをのぞくと見慣れたスーツ姿があった。

ドアを開けると、雨粒で髪の毛が濡れている。

どきん、とした。

濡れてしまった桐島課長の姿が艶っぽくて目のやり場に困る。

「ぬ、濡れてますよ」

「途中で雨に降られちゃってね」

「あの、ちょっと待ってください」

といってすぐに部屋の中にあったタオルを持ってきた。

「これよかったら使ってください」

「いいのかな。ごめんね」

といって、タオルを取り、濡れていた髪の毛や雨粒がついたスーツを丁寧に拭いていた。

「ありがとう。助かるよ。洗って返すから」

首にタオルをかけて、にっこりと笑った。

ずっと廊下に立たせるわけにもいかない。靴箱の上に置いてあった本を差し出した。

「あ、あの、これ」

「『苦い恋の始め方』だね。いろいろありがとう」

タオルで丁寧に手を拭って本を受け取る。

本を目にしたその顔は少年のようだった。

表紙を見てうれしそうに微笑む桐島課長にわたしは胸の鼓動を抑えつけつつ、声をかけた。