「苦い恋の始め方、だったっけ」

「そ、そうです」

「で、どうだった? 感想、教えてもらいたいな」

「感想ですか。本当にいいお話でしたよ。主人公の女の子が気持ちが揺れ動くんですけど、片思いの彼の行動が素敵すぎて」

本の話になると止まらなくなる自分にあっけにとられているかと思いきや桐島課長は足を投げ出し、じっとわたしの言葉に耳をかしてくれた。

それでも結末まで語らずに止めておいた。

「かわいらしい話なんだね、困ったな。そんな話、聞かせられたら午後、仕事集中できるかな」

仕事が集中できないだなんて、桐島課長らしくないな。

すると、桐島課長は急に真顔になった。

「今夜、お邪魔していいかな?」

「えっ」

今夜お邪魔って。

これってもしかして。

夜のお誘いっていうやつ?

「あ、ごめん。言い方悪かったね。本、借りにいってもいいかな?」

「い、いいですよ」

何、期待しちゃってるんだろう、わたし。

急展開するかと思ったけど、いくらなんでも勘違いだってわかってるのに。


「わかった。仕事が終わったらいくから」

といって、そろそろ仕事に戻るか、とつぶやいて桐島課長は非常階段から中へと戻っていった。

ひとり、非常階段の踊り場に佇む。

じわじわと心にあったかいものを感じる。

進歩という言葉が頭に浮かぶ。

これはもしかしていいきっかけになれたんじゃないかな。

まだ階段をあがりはじめたばかりだけど。