「これで以上になります。ここへ契約を完了させるためにサインしてもらえませんか?」

すっと、銀色のペンを差し出し、契約書の隣に置いた。

「本当に大丈夫なんですよね」

「ええ。真面目な星野さんなら、万全なサポート体制で応援させていただきますよ」

二階堂さんの言葉はどっちかといえば、やっぱり嘘っぽく聞こえる。

第一、本当に二階堂さんから指導を受けてうまく恋愛ができたっていう実績がみえてこない。

「や、やっぱりあの、恋愛成就の実績とかって」

「具体的にどれくらいなのかというのはお答えできませんが、私の指導できる範囲内でしたら成功していますよ」

ただならぬ空気感がこの部屋に漂っている。

このまま契約せずに帰ってしまっても二階堂さんは男性だからもしかしたら力ずくでサインとかあったりして。

「ここで書かずに帰っちゃうひとっています?」

「星野さん、面白い方ですね。もったいなくないですか? 特別待遇で応援するっていうのに」

絶対的な自信があるのだろう。二階堂さんの言っている言葉には芯のような強さがあった。

「絶対に損はさせません。素敵な恋愛になりますから」

信頼していいのかな、と思いつつ、ゆっくりとテーブルの上に置かれた銀色のペンを持つ。

たどたどしく氏名欄に星野奈々実と名前を書いた。

自分の名前を書くのに緊張したのは入社試験の時以来なのかもしれない。

「では、契約成立ということで」

二階堂さんはさっきまでみせた無表情な顔からやんわりと落ち着いた顔つきに戻った。