「そういえば、どうしてこの古本市に来たんですか?」

紅茶を飲み、落ち着いたところで桐島課長に話を切り出した。

「この間、駅を降り立ったときにたまたまチラシをもらってね」

と、ジャケットのポケットから丁寧に折りたたまれた月星書房のチラシをテーブルの上に置いた。

「あ、これ」

「星野くんもこのチラシ、もらったんだね」

「え、ええ」

さすがに好きだった男性が彼女と幸せそうにしていたときに偶然もらっただなんて、言えないよな。

「探してた本がみつからないかもしれないと思ってさ」

「課長も本、探してたんですか?」

「う、うん。まあな。実は星野くんが買ったものなんだけど」

と、桐島課長はわたしのカバンを指差した。

「え、これですか?」

「実は妹がそのシリーズを気に入っていて読んでいたんだけど、続きを貸してもらえないまま海外へと結婚していってしまってね。で、あの本はどうしたのか、って聞いたら捨ててしまったって言われて」

「そ、そうですか」

「星野くん、お願いがあるんだが」

少しずつだけど桐島課長の顔が近づいているように思えるのは気のせいだろうか。

「は、はい」

「もしよかったらなんだけど、読んだらその本、貸してくれないかな」

「いいですよ」

わたしの答えにホッとしたのか、桐島課長はくしゃっとした笑みがこぼれていた。

「よかった。どうしても読みたくてね。本当に嬉しいよ」

本当に二階堂重彦の本が好きなんだ、とわたしも嬉しい気持ちになって、桐島課長の表情をみながらストレートティーを口にした。