もじもじしていたら昼休みが終わってしまう。

話をしたかった桐島課長に借りた小説のことを切り出した。

「課長に借りた小説、読みました」

「で、どうだった?」

桐島課長は両腕を組んで階段の上に座り直した。

「二階堂重彦さんみたいな深みはまだないですけど、みずみずしい感じですね」

桐島課長は納得したのか、頭をゆっくり縦に振る。

二階堂重彦さんが硬い感じのする読了感に比べたら、月彦さんは軽くてわりとあっさりとした読了感が逆にみずみずしかった。

「なるほどね。その、みずみずしさに憧れる?」

「少しは。でも、主人公みたいに、あんなに積極的じゃないですから、わたし」

主人公は好きな男性のためならなんでもしようと画策する。

最終的にはその男性と結ばれるのだが、そんなにトントンとうまくことが運ばないし。

牧田先輩と仲よさそうにしているし、それにあの夜のキスだってなかったことになってるし。

消極的なままじゃあいけないと思うんだけど。

「……そうかな」

桐島課長はわたしをたしなめるように答える。

どうしたらそんな答えになるんだろう。

全然積極的じゃないし。さすがに反論したくなった。

「積極的だったら苦労しませんよ」

「だよな。そうなんだよな」

そういって桐島課長はもごもごと言葉を反芻していた。

桐島課長は自分の腕時計で時間をみて立ち上がり、入り口の踊り場へと降りてきた。

このままじゃ気まずい雰囲気のままになりそうだったので、話題を変えることにした。

「本、返したいんですけど」

「わかった。星野くんの予定に合わせるよ。いつがいいか都合のいいときに教えてくれ」

そういって桐島課長は扉を開けて中へ入っていった。

すれ違いざまにみせた横顔は、どこかすっきりしない表情をのぞかせていた。