久しぶりに桐島課長を間近でみられる。

夏の日差しに照らされて余計、まぶしくみえた。

胸の鼓動をおさえながら、桐島課長が非常階段から去ろうとしているのを見守る。

非常階段のドアを開けようとしたとき、おもいきって桐島課長に話しかけた。

「ホントにこの間の土曜の夜のこと、何も覚えてないんですか」

「何の話かな?」

桐島課長は首を傾け困ったように眉を八の字に曲げた。

「……もういいです」

やっぱりあのときのキスの話はなかったことになってる。

わたしだけ盛り上がっちゃってバカみたいだ。

あれはただ桐島課長が酔っ払って調子に乗ってキスしただけなのに。

不満ばっかりが頭の中に生まれてくる。どうにかしないと。

別の会話に変更しようとして考えている最中に桐島課長は手提げ袋を掲げてみせていた。

「そうだ。この間、貸しそびれたね。これ、よかったら」

と、桐島課長の右手にぶらさげていた茶色い手提げ袋を渡された。

「二階堂月彦の本だよ」

「……あ、ありがとうございます」

本を貸すことはちゃんと覚えているんだ。

どれだけマイペースなんだ。

自分もひとのことを言える立場じゃないけど。

「感想聞かせてよ。じゃあ、また午後に」

と低く響く声を残して桐島課長は非常階段から中へと入っていった。

わたしだけの空間は真っ青な青空とともに遠くの山々の近くに入道雲が発生しているのが確認できた。

少し日が高くなってきたなと、目を細める。

桐島課長から貸してもらった手提げ袋の中の本を確認する。

真っ白な表紙にピンク色の花がちりばめられている二階堂月彦著作の本だった。