「もうこないかと思ってましたけど」

「いろいろとあってね」

といって桐島課長は目を細めて微笑んでいる。

「そうですか」

この非常階段の中でのよくある上司と部下の日常会話だけだからそんなに詳しく話をしてくれないのはわかっているけど、もう少し具体的に話してくれてもいいのにな、と思った。

あんまり期待しちゃ、いけないか。

ふっと牧田先輩と楽しそうに話す姿を思い出した。

「牧田先輩と仲、いいんですね」

「あ、ああ。ちょっと相談受けたりしててな」

あ、まただ。ごまかそうとして笑っている。

「……そうですか」

わたしの顔をみながら優雅にペットボトルのお茶をあおっている。

やっぱり牧田先輩のこと、桐島課長は好きだったりするのかな。

ぷは、っとおいしそうにお茶を飲み干してからじっとわたしの顔をみて、口をとがらせた。

「あれ? 不満そうな顔だけど」

「いえ、別に」

これ以上ふてくされてしまっては桐島課長に対しての心象が悪くなる。

わかっているんだけど、顔の筋肉がこわばって笑顔をつくれない。

つらくなって非常階段の欄干の影に目を移した。

「そういえば、生産機械設備課へマニュアル持っていくんだって?」

桐島課長がさらりとそういうと、わたしは思わず顔をあげた。

やっぱりにこやかに笑っている。

「ええ、そうですけど」

「僕も一緒についていってもいいかな?」

どういうこと? どうしてわたしにそんなことを聞くんだろう。

課長だったら自分の判断でどうこうできるはずなのに。

「別にわたしに聞かなくてもいいじゃないですか」

「それもそうだな」

そういって桐島課長は階段から立ち上がり、入り口の前に立つわたしに近づいてきた。