未熟女でも大人になっていいですか?

「ーーーカツラ…」


背中からしがみ付いてきた女は、ブルブルと身体を震わせた。

ぎゅっと握りしめられた腕に、思う以上の力を込めている。



「離せ」



今はコントロールが効かない。

こんな状況でしがみ付かれたら俺はカツラの望む行動に出られない。

自分を抑える自信がない。

無茶苦茶にしてしまう。

そして、今度こそ本当にカツラを壊してしまう。



それだけは避けたい。


それだけはさせないで欲しいーーー!!




「カツラ。離せ」


離せよ言うより離れろ。

今の俺に近付くな。




「………嫌よ」


くぐもった声は聞こえづらかった。

けれど、ぎゅっと浴衣を握ったカツラの態度がその声の意味を教えた。



「嫌よ…!離さない……!」


ハッキリと届いた声は泣いてる。


やっと泣き止んだと思った女を俺はまた泣かせたんだ。



「私に独りが寂しいって教えたのは貴方でしょ!なのに、1人で置いて行かないで……!」


言うが早いか更に力を込めて握る。

締め付けられた腕の痛みは、胸の痛みにも似てる。

同じ痛みを頭の奥に感じたままカツラの腕を振り解いた。


ハッとして見上げた顔を見つめ返した。

初めてこの顔を見た時、ぎゅっと胸を鷲掴まれた。


崩折れそうな瞳で、庭の藤棚を見ていた。

孤独に耐えようとして、必死になってる姿が印象的だった。


それから見かける度に笑わない女が気掛かりで仕方なくて。


(笑わせてやりたい……)



そう、ただ。


そう思っただけなんだ。





「カツラ……」



自分のことを子供だと言ってた。

未熟な自分を、恥ずかしいと言って泣いた。



お前が恥ずかしいなら俺はどうする。


お前よりもまだガキだぞーーーー。




「狼になってもいいか」


両手で顔を包んだ。

手の中で震えるカツラの顔は、これまで見たどの表情よりも美しい。


庭に佇む藤の花に似ている。

この女を大事にしてやるんだ…と、仏壇の前で誓った。




こくん…と頷いた女の唇が開いた。

意を決したような眼差しが、ぐっと胸の奥に突き刺さる。


「独りにしないと約束してくれるなら……それから……」


望さんの胸に擦り寄る。

私と同じくらいに速く動く心臓の上に掌を置いた。



「私を大人の女にして欲しい……望さんの手で、染め直して欲しいの……」



染められたい。

家の壁みたいに。

色鮮やかに生まれ変わって、そして明日、貴方の家族に会いに行きたい。




「後悔するなよ」



近寄られた体温がいつもよりも熱いと感じた。

でも、その熱を冷まさずに、更に上げていきたいと願った。


重ねられた唇が乾いている。

自分の唾液と高島の唾液が混ざり合って、私はようやく人を受け入れることの大切さを実感した。



肩を抱かれて歩き始めた。


響く波音と香る汐風は、これからもずっと胸の奥に残っていくだろうと思う。

高島と結ばれた日の記念として、永遠に失わないものとなるのだから。




激し過ぎるキスの嵐に翻弄され続けていた。

部屋のドアを閉めた途端、高島の態度は一変した。

体を壁に押し付けられ、迫るような勢いで口腔内を塞がれた。



「あっ……はっ……ふっ………んっ……」



息もしづらいくらいに吸い寄られて、漏れて出てくるのは吐息ばかり。


高島は無言で私の体に舌を這わせていく。

何も考えられないよう、敏感な箇所を全て押さえ込んで。



「許せねぇ」


呟いた言葉の意味がもたらす結果がこれなら仕方ない。

私が聞いてしまったことはこの男の怒りに触れ、本能を引き出してしまった。


何があっても耐えてみせなくては。


あの日と同じように叫んではいけないーー。



「カツラ……」


まただ。

さっきから悲しそうな声で何度も名前を呼ばれる。



「あっ……の、ぞみ……さっ……」



その度に新たな快感に襲われる。


右も左も区別がつかない程に痺れされられた全身に、熱い痛みが突き抜けた。



「あっ…!」



一瞬のような激しい痛みは直ぐに、快感へと変わっていく。



「あっ……やっ………まっ……!」



聞いてくれない。

私の声は何も………



激しい息遣いだけが絡み合い、吸い寄ってくる唇が熱い。

訳が分からなくなってきて、いつの間にか意識が遠く霞んだ………。



腕の中でカツラの意識が遠のいた。

自分を抑えきれずに無理をさせてしまったらしい。



「カツラ……」



名前を呼びながらあの日のことを思い返した。

母を亡くして落ち込んでいるカツラをどんな言葉で慰めればいいか迷いながら、俺は玄関の前に立っていた。

名前を名乗ったところで素直に開けて貰えるとは思わず、仕事で使っている名称を口にした。

チャイムのボタンを押さえる前に気づいていた壁の話から始めればいいと考えた。

笑わせるどころか口論になって、でも、銀行へ行くと言うからチャンスだと思った。


自分のことを少しでも教えられる。

先ずはそれができればいいとーーー。



「初めて笑い声を聞いた時、俺がどんなにホッとしたか知らねぇだろ」


髪の毛を手繰り寄せて口づけた。

息が乱れたままの頬は、あの花の色に似てる。



「綺麗だ……」


この言葉を直接言ってやりたかったのに、無言のままで抱いてしまった。

カツラの体が官能的過ぎて、欲望は倍になって膨らんだ。


ぐったりとしてる体を抱きしめてやった。

心音はゆっくりとだが落ち着いてくる。

その胸の谷間に顔を埋め、もう一度ゆっくり味わいたいと願った。



「カツラ……起きろ……」


意識のない女を抱くのは嫌だ。

俺はあの時と同じように笑ってるこいつが見たい。


目を見て言ってやりたい。


ーー今の気持ちを。



「……愛させてくれ。……俺の全身でお前の全てを……」


甘く切なそうな声が聞こえた。

遠退いていた意識がゆっくりと戻り始める。



「ん………」


全身が気だるくて仕方ない。

筋肉痛にも似た痛みも伴っている。


「目を覚ませ」


聞き慣れた人の声がしている。

閉じている瞼にすり寄り、湿った息の気配を感じた。



「カツラ……」


悲しみを通り越し、優しく深い響きに変わっている。



「望…さ…ん……」


名前を呼びながら瞼を開けた。

心配そうに覗く瞳がうっすらと涙ぐんでいる。




「……ごめんなさい」


怒らせるつもりではなかったの。

貴方の口からハッキリと言って欲しかっただけ。


他の女達と同じ気持ちで家を訪ねた訳ではない…と。

付き合ってきた人達とは違うものを感じたから来たのだ…と。

何もかもが子供過ぎて情けない私を心から大切に思っていると言って欲しかった。


「愛している」と、その口で声を大にして言って欲しい。



なのに………



「ごめんなさい………ごめん、なさい………」


幼い子供のように泣くことしかできない。

こんなふうに泣きじゃくって、恥ずかしくて仕方ないーー。



「泣くなよ…」


「泣くわよ」


こんなふうに迫られて泣かない方がどうかしている。


「悪いのはカツラだけじゃない。俺も自分の欲情をセーブできなかった……」


「済まない」と言って謝らないで。

貴方のしてくれたことは全て、素晴らしいくらいに気持ちが良かった。


「頼むからもう一度だけ抱かせてくれ。今度はもっとカツラに合わせる」


泣いている私の顔を覗き込む。


「もう、やだ」


「やっぱりダメか」


「そのやだじゃない」


「じゃあ何だよ」


「許可なんて取らないで。恥ずかしくて死にそう……」


「もう気を失ったんだから十分だろ」


「だから、そうでもなく…」


「分かってる。つまり、もう一度してもいいってことだな?」


高島の声が嬉しそうに変わる。



「今度は、もっとゆっくりとして」


「言われなくてもそうする」



近づいてくる唇が優しく頬に触れた。

さっきとは違う、甘く切ない感じ。



「望さん…」


ゾクゾクと背中に感じるものが恐怖ではなく興奮だと知るのに時間はかからない。



「カツラ……」


吸い付いてくる唇が全身の機能を過敏にしていく。



「お願い……私を愛して……」


無意識のうちに頼んでいた。

覆い被さるような体勢でいる高島が私の顔を包んだ。


「愛してやってる。どんな女もカツラには敵わない…」



「…綺麗だ。これからもカツラだけがいい」


目を見て言われた言葉を聞いて流れた涙を吸い込まれた。


優しくて甘く、切なすぎるほどの愛情を私はじっくりと高島から受け取った。



ーーこれでもう子供の自分ではなくなる。


階段を一つずつ上って、私はこれからも彼と愛を紡ごう。


もう永遠に離れない。


蔓のようにずっと、縁を結び続けていくのだーーー。




優しいタマゴ色の光に包まれて目覚めた。

明かりに照らされている見慣れない部屋の景色をぼんやりとしたまま目に入れる。


(ここは……?)


頭の中が痺れて考えられない。

思考がついていかない上に全身が重くて仕方ない。



(苦し……)


寝返りを打ちたくても体が動かない。

何かが体に巻き付いていて、思う様に動かせない。


完全に自由を奪われている。

一体、何に……?



「ん……」


微かに動かせる指先を伸ばした。

生温かい皮膚の感触に驚いて、慌てて手を離す。


静かな寝息が聞こえる。

髪の隙間から生温かい湿った息が吹きかかっている。



(もしかして、望さん……?)


筋肉質な素肌に触れた。

柔らかなうぶ毛の感触にハッキリと憶えがある。


その腕に抱かれながら体を貫かれた。

優しい囁きと一緒に、溢れるほどの愛を貰った。


足を交差して何とか体の向きを変えた。

浴衣も身に付けずに寝入っている男に擦り寄り、ほぅ…と深い溜め息を吐く。


汗ばんだ皮膚の感触が蘇る。

密着を繰り返し、何度も「愛してる」と言ってくれた。


…きゅっと胸が締まって苦しい。

そのままの態勢で暫く彼の体温を感じた。



「……何時だ?」


寝ている筈の男の声がした。



「知らない…」


くぐもって答える。

擦り寄っている私を抱き寄せて高島は頭元に手を伸ばした。



「5時半か…」


いつも起き出す時間を口にする。