だから、俺にしとけよ。




見慣れてる光景だけど、気持ちが慣れることは一向にない。

足は動かない。


昨日は確かに私の京ちゃんだった。

登山の時の大きな背中。


私だけの京ちゃんだったのに……。



「まーた泣いてる」


そんな声が聞こえたと同時にふわっと体が浮く。

驚きで声が漏れそうになるけど、口を手で抑えられる。


もう片方の腕はしっかりと私のお腹に回っていて、片腕で私を持ち上げている状態だ。


そのまま場所を移動させられ、下ろしてもらえたのは自販機がたくさんある休憩所だった。

そこに置かれているベンチに座らせられる。


私の隣に座り、頬に伝った涙を拭ってくれる入谷くん。






入谷くんに泣き顔を見られるのはこれで2度目だ。

原因も同じ。



「そんなに泣くなら俺にしときなって」


泣き続ける私の涙を指で拭いながら、前と同じようなことを言う。


それでも私の涙は止まらない。



「ねぇ、俺伊都ちゃんのこと本気なりそうなんだけど」


「……っんな軽い気持ちで……」


「そうだよね、ごめん。言い直す」


私の頬に手を添えて、真っ直ぐに見据えられる。




「俺、本気だから。伊都ちゃんのこと」


何も言葉を出すことなんてできない。

入谷くんのこと、信じていないわけじゃないけど信じれるわけでもない。



「ねぇ、俺にしてよ」







私は京ちゃんのただの幼なじみ。

他の女の子は京ちゃんの恋愛対象。


私は遊んですらもらえない幼なじみ。

他の女の子は1人の女の子として認識してもらえる。



涙が溢れて止まらない。

入谷くんの言葉に反応することすらできない。


涙を流す私の頬にちゅっとキスを落とし、涙をすくってくれる。



「幼なじみが困ってる時に現れるヒーローなら、俺は伊都ちゃんの気持ちを奪う怪盗になる」


「……意味わかんないっ」


「いいよ、それで。今から奪うから」



そう言うと入谷くんは私の唇に自分のを押し付けた。

抵抗しようと肩を押すけど、その手を掴まれる。


以前の軽いものではなく、長くて深くて意識が飛びそうになる。


それでも入谷くんは離してくれなくて、入谷くんで頭がいっぱいになってしまい、その時は京ちゃんのことを忘れられたんだ。







「志貴ー!」


ドキッ。


入谷くんを呼ぶ声が聞こえると、思わず心が反応する。



集団合宿以来、入谷くんとまともに話していない。


正確に言えば、私が避けている。



入谷くんとまたキスをしてしまった。


そのあとは確か、離してくれた入谷くんが少し切なそうな表情で微笑み、私をお姫様抱っこで部屋まで運んでくれたんだ。



あんなキスは初めてで、お姫様抱っこをされたのも初めて。


京ちゃんにすらされたことなかった。



私はおかしかったんだと思う。

京ちゃんが好きすぎて、だけど気持ちを伝えることもできなくて。


だから入谷くんに甘えてしまったんだ。



私の気持ちを吐き出させてくれる入谷くんの存在が気持ちいいんだ。


でも、そんなのダメだ。


うん、絶対ダメ。








「伊都、最近おかしいよね?」


「え?どこが!どっこもおかしくないよ!!」


「クリームパンのクリーム、落ちてるけど?」


「ほぇ?うわっ!どうしよ!」



今はお昼休みで、歩美ちゃんと一緒に教室で食べていたんだけど、私の様子がおかしいらしい。


机に零れてしまったクリームをティッシュで拭く。



あーあ、もったいないなぁ。


なんて悲しくなりながらも、手を動かす。

綺麗にふき取ったティッシュはゴミ箱へ。


席に戻り、座り直す。



「入谷と何かあった?」



私が座ったのと同時にそんな問いを投げかけられる。


バッと顔を歩美ちゃんに向けると、ニコッ。いや、ニヤッと笑う。



いったん落ち着かせようと、パックのお茶に手を伸ばしストローに口をつける。








「キス」


「ぶっ……ゴホッゴホッ」


「したんだ」



お茶を吹きそうになり、急いで飲み込むとむせてしまう。

そんな唐突に!


せめて私がお茶を飲み終わってからにしてよ……。




「私って……ビッチ?」


「ぶはっ」



今度は歩美ちゃんが吹き出す。

歩美ちゃんもカフェオレを飲んでいたから、出そうになったのを何とか堪えていた。



「びっくりさせないでよ」


「だって……」



不安なんだもん。

付き合ってないのにキスをするなんて……。


それに2度も。

私は京ちゃんが好きなのにさ。



やっぱりおかしいよね。








「伊都は心配しないで!
入谷が悪い!伊都は悪くないから!」


「でも……」


「忘れよう。伊都は純粋でかわいくていい子なんだから」


歩美ちゃんが私の肩に手を置く。

キュン。


歩美ちゃんってばイケメンすぎだよ。



なんてちょっとふざけていると、昼休みは終わってしまった。


そうだよね。

忘れよう!それが1番だ!



心の中で頷き、次の授業の準備。



「伊都、行こう」


「うん」



足はすっかり治って、今では痛くもかゆくもない。


体育も普通にできるし、本当に軽い捻挫で済んだんだ。




「よっ」







移動教室のため廊下を歩いていると、前から来た人物に頭を軽く叩かれる。



「京ちゃん!」


「次何?」


「化学だよ」


「伊都が苦手なやつじゃん」



そうやって笑う京ちゃんを見つめる。

クラスが端と端だから、廊下で会うこともなかなかない。


嬉しくて頬が緩む。



「伊都、先に行ってるね」


「あ、うん」



歩美ちゃんは気を遣ってか、私を置いて1人で行ってしまう。

私の背中を肘でチョンと突いてから。


学校で話せる時なんてあまりないし、すごく新鮮だ。


歩美ちゃんありがとう!




「また勉強教えてね」


「えー、伊都は覚えが悪いから疲れるんだよな」








ははっと笑う京ちゃんに、私は拗ねた表情をするけど本当は拗ねてなどいない。


話しかけてくれるだけですごく嬉しい。

幼なじみで何年もの関わりがあるのに、話せるだけで本当に幸せなんだ。



大好きだからこそ、それはずっと変わらない。




「教えてよ!ねっ?」


「ちゃんとお礼しろよ?」


「え?それってちゅ……」


「ちゅ?」


「あああ!何でもないよっ!
もちろんするって!」



焦って、すぐに首を横に振る。


心臓がすごい勢いで加速しだす。



ドキドキじゃなくてバクバク。




『お礼はちゅーでいいよ』



入谷くんのせいで、私の思考回路はやられてしまっている。


あんなこと言うから!