それは翠くんがいつも仕事のときに着けていくもの。


きっと、仕事場で使うもの。


それを忘れてしまうなんて。


「珍しいな」


しっかり者の翠くんが忘れ物するなんてすごく珍しい。


それに。


「翠くん、これがなくて困るんじゃないかな」


困って、焦って、危険な目にあっていないかな。


腕時計をぎゅっと握りしめた。


翠くんに届けにいった方がいいのかな。


絶対、届けにいった方がいいと思う。


「でも、仕事ってどこでしてるんだろう」


木こりの仕事は木を切りだし、それを売ること。


この森の奥で暮らしているのも、そのためなんだって。


それでも、広い広いこの森。


どこで仕事をしているかなんて聞いたこともないし、教えてくれない。


仮に教えてもらえたとしても、きっと私には分からない。


どこがどこだなんて、私には区別がつかない。



「翠くん」



これを届けにいくことはできないけれど。


どうか、無事でいて。


握りしめた手を額に当てて祈っていると、玄関を叩く音がした。


「あ、はい!」


翠くんの腕時計を急いでポケットにしまい、慌てて玄関を開ける。


そこには背を丸くした小さなおばあさんが立っていた。