慎一郎は上流家庭に第二子の長男として生まれた。
3歳離れた姉は幼稚園から名門私立に通い、外見も頭脳も、性格までも恵まれた才色兼備のお嬢様だった。
慎一郎はこの世に生を受けた日から、姉と比べられる人生が決まっていた。
けれど、慎一郎はそんな親の期待に応える事が出来ないでいた。
姉と同じ幼稚園には入る事が出来ず、ランクを下げての私立幼稚園からのスタートだった。
父親からは毎日の様に冷たい目で見られ、母親からは溜息を聞かされて育った。
唯一、慎一郎の心の支えは姉の存在だけだった。
声を殺し部屋の隅で泣いている慎一郎を見つけては、黙って静かに抱きしめてくれていた。
そんな優しい姉を慎一郎は恨んだり憎む事はなかった。
いつも比較されていた存在ではあったが、慎一郎にとって姉の存在は大きく、憧れの存在でもあった。

姉に少しでも近付きたくて、慎一郎は勉強に打ち込んだ。
けれど、小学受験には失敗し、父親には「出来損ない」と吐き捨てられた。
またしても、姉と同じ小学校には通う事が出来なかった。
慎一郎の小学生時代は中学受験の為の六年間になった。
毎日毎日同じ様に勉強に打ち込む日々だった。
学校では授業が終わると同時に席を立ち、駆け足で階段を降り校門で待っている車に急いで走り乗り込んだ。
一分一秒も無駄に出来ないと車には既に家庭教師が乗っており、家までの帰路も車の中で勉強をした。
家に着けば、直様机に向かった。
夕食の時間も勿体ないと、お手伝いさんが用意してくれた勉強しながらでも食べられる物を片手に勉強をしていた。
睡眠時間は取れて4時間程を六年間続けた。
その努力が身を結び、中学は両親が望む、いやそれ以上の進学校に人生を進めた。
ここで慎一郎は姉を超えた。
この頃から、慎一郎の中の姉の存在は憧れから、自分を優位に立たせてくれる存在になった。
姉よりも、良い中学校に入学した慎一郎は常に一番を目指した。
出来損ないで、落ちこぼれの長男は、この頃から両親の愛を一身に受けた。
それまでは、「お姉さんの様に何故出来ないの」と言われてきた事が、「弟である慎一郎に負けて悔しくないの?」と姉が言われてるのをそばで聞く日々になった。
慎一郎の心は弾んだ。
落ちこぼれで出来損ないの自分を黙って抱きしめてくれていた姉を忘れたように、慎一郎は心で姉を蔑み笑った。
そんな姉が死んだのが慎一郎が15歳になった中学三年の夏だった。
18歳になった姉は、その美貌から周囲から憧れの的ではあったが、その分妬みや嫉みを受けることもあった。
姉が通っていた私立女学校に姉の居場所は限られていた。
その日迎えの車はなく、姉は歩いて帰った。
その帰り道、数人の男達に襲われ、姉は汚された。
汚された姉を恥ずかしいと思った両親は、学校を辞めさせ家から一歩も出さなくなった。
昼夜問わず明かりの灯らない姉の部屋で、一人で何を想い、何を感じていたのか‥‥慎一郎には知る由もなかった。
むしろ知ろうともしなかった。
この頃慎一郎は高校受験の真っ只中だった為、姉の事を気にする時間も、気持ちもなかった。
それは両親も同じ事で、姉を心配していたのはお手伝いさんただ一人だけだった。
姉は静かに自室のドアノブにベルトを掛け、首を吊って死んだ。
姉が発見されたのは、夏季休暇を終えて戻ってきた、お手伝いさんに発見された。
死後三日経っての事だった。
両親は姉の死さえも恥だと、葬儀は密葬で済ませた。
慎一郎はそんな葬儀に出席する事もしなかった。
正確に言えば、させてもらえなかった。
「こんな事よりも勉強の方が大事だろう」と父親が言った。
この時慎一郎の中で何かが確実に音を立てて壊れた。
好きだった姉が男達に汚され自殺した。
葬儀の日、慎一郎は姉が犯されたのを想像して勉強など手につかなかった。
慎一郎は姉を想像して興奮したのだった。

そんな事があっても慎一郎の日常は何ら変わる事なく日々勉強を進め、中学校同様、両親の期待を遥かに超える名門校に入学した。
けれど慎一郎の進んだ高校は、名門私立校だったが、金を積めば入れる高校でもあった。
一クラスに数人はそんな連中がいた。
けれど、そんな連中は大概最初の頃には自主退学をしていった。

人生の歯車が狂い始めたのは、もしかしたら、この高校を受験した時からだったのかもしれない。