「おいっ!聞こえてるか?」

この声がどれだけの大きさなのか秋生にはわからないが、自分なりにめいいっぱい叫んだ。

「次は?まだ次がいるだろ?水穂の復讐なんだろ?そうだとしたら、まだ相手は居る。俺と隼以外に居るんだから…。」

その瞬間またしても前方にライトが照らし出された。
今度は真ん前15メートル先に椅子に座らされている男が見えた。
秋生と違い、男の前にはパソコンが置かれてあり、キーボードに固定させるように、机に固定された手錠らしき物で両手は自由がきかない。
両足は自由がきくようだが、固定された机に両手が固定されてるのだから意味がなかった。
男の周りには鉄の筒らしき物が渦を巻く様に置かれていた。
その中央に男は座らされていた。

「しん…いちろう?」

間違いない。
あれは慎一郎だと、秋生は確信した。
隼の時と同じ様に秋生は、ありったけの大声で名前を叫び続けた。
隼と同じく意識がないのか、ダランと頭が後ろに傾いていた。
慎一郎は当時、先生らが将来を期待するほどの優等生だった。
進学も、その先の未来までもが保証されてるような生徒だった。
リーダー格の隼にいいように使われグループでは下っ端の使いっ走りだった。
実際事件の時、慎一郎は手をくだしていない。
ただの見張り役だった。
裁判でも人柄や、周りの証言により刑はなく、無罪判決となった。
秋生から見ても慎一郎はいい奴だったと思った。
それは同じクラスにいて、成績だけではなく、人としても、いい奴だと思えた。
その人となりが事件に巻き込まれたのだ。

「慎一郎!!聞こえるか?」

見る限りでは耳からも目からも血は流れていない。

「慎一郎!!」

慎一郎の体がビクッと動くと、ゆっくり頭が動き始めた。
慎一郎は自分の目の前に固定された両手を見ると、パニックになったのかガチャガチャと何度も動かした。
口をパクパクさせ、何かを叫んでるが声が聞こえない。

「慎一郎!慎一郎!こっちを見ろ!俺だよ、秋生だよ!」

秋生の声に慎一郎は手を止め、周りを見渡した。

「………。」

また口をパクパクさせている。
まるで魚みたいだ。

「お前…声…。」

慎一郎の口の中は、赤く爛れている様に見えた。
何を?今度は何をされたんだ?

けたたましいサイレンと共に赤いランプが回転し光った。
まるで救急車についてるランプみたいだ。
ランプが止まると鉄の筒らしき物の、渦の一番外側、渦始まりの筒に火が灯った。
それは火が点いたと思ったら一気に火柱程の業火になった。
火柱が上がって初めて気付いたが若干中央に向かって傾いている。
パソコンに電源が入ったのか慎一郎の顔が青白く光った。
と、同時に隼の時の様にスクリーンにパソコンの画面が映し出された。

【初めまして。慎一郎さん、貴方にはまず声を失っていただきました。少々手荒い事だったかもしれません。口の中が焼け爛れてしまいまいした。けれど、痛みはないでしょう?神経も破損したかもしれませんね。】

慎一郎は何か言いたいのか、口をパクパクさせてばかりだ。

【声を失った慎一郎さんには、このパソコンで私と会話できるようになってます。】
【ですが、こちらで指定した時だけです。】
【何でも書き込めるわけではないので、ご了承くださいね。】
【では、本題です。】
【高梨 水穂をご存知ですか?】

[はい。]

【何故貴方は無罪になったんですか?】

[それより、あの火はなに?]

慎一郎は、関係のない質問をした。
すると、2本目の火柱が上がった。

【質問答えなければ増えていきますので…。】

[わかった。]

【何故貴方は無罪になったんですか?】

[僕は見張りをさせられただけだ。しかも、無理矢理だ。何も悪くない。]

【では、どんな風に見張りをしてたんですか?】

[扉の前で立っていただけだ。本当に何もしていない。]

【見てるだけの案山子も、突くカラス同じなんですよ。】

[僕だって被害者なんだ。お陰で決まっていた将来はグチャグチャなんだ!]

【その将来を全く無くされた水穂さんは、どういう気分なんでしょうか?】

[そんな事僕にはわからない。僕に関係ない事だ!]

「馬鹿っ…そんな言い方…。」

余りにも自分目線の物の言い方に、秋生の方が焦った。

【そうですか。】

3本目の火柱が上がった。

【全部で10本あります。残り7本です。】
【慎一郎さんの答えが人として間違っていると思ったら火柱が上がります。】
【ここまでで質問はありますか?】
【聞きたい事、言いたい事があれば特別に答えますよ。】

[火柱が熱すぎる。弱くして欲しい。]

真っ先に出た言いたい事が、それってことは、あの場所は自分が想像するよりも辛いんだと秋生は思った。

【それは出来ません。】

慎一郎は天を仰いだ。

[目的はなに?なんの為にこんな事するの?]

【わからないんですか?】
【そんな事簡単じゃないですか…水穂さんが味わった恐怖や痛み、絶望感を貴方にも味わって貰うためです。】

その文面は怒りに満ちていて、背筋がゾッとした。
慎一郎は何かを伝えたいのかキーボードをガチャガチャするが、ブロックされていて画面が動かない。

【言いたい事があるみたいですが、もう自由時間は終わりです。】
【では、本題に戻ります。】
【扉の前でと言いましたが、見なかったとしても声は聞こえませんでしたか?】

[聞こえてた。]

【どんな声でしたか?】

[叫び声。今でも耳から離れない。]

【叫び声ですか…。】
【ですが、死体解剖の結果、水穂さんの声帯は潰れてました。死ぬ直前何があったんですか?】

[あの時は…]

キーボードを打つ手が止まり、慎一郎は目を強く閉じた。
脳裏に今でも鮮明に浮かぶ。
煙草の煙が充満してる部屋。
クーラーの壊れた蒸し暑い部屋。
扇風機のブーンと羽根が回る音。
女を殴りながら、笑う声。
キャミソールとパンツだけでいた彼女の体は、痣だらけだった。
部屋の前に座って、いつも隙間から見てた。
初めの頃、彼女は何度もやめてと懇願し泣いた。
けれど、次第にそれも無意味だと気付いたのか、ただ黙って男達に弄ばれ続けた。
僕の部屋は地獄そのものだった。

金持ちの両親が家に居ない事はいつもの事だった。
あの日、僕の万引きを見た英二につけこまれ僕の部屋は溜まり場になった。
彼女が死ぬ半年前、塾から帰ると、いい女だろと隼が倒れてる彼女の髪を持ち上げ僕に顔を見せた。
あの時、警察に行っていれば未来は違ったんだと思う。
けれど、万引きをバラされたくなかった僕は目を逸らした。
その結果が、これだ。
きっと、彼女の遺族による復讐に違いない。
なんで僕がこんな目に遭わなくちゃいけない?
確かに僕は僕自身を守った。
殴られ犯され続ける彼女の存在を見て見ぬフリをし続けた。
だからって、こんな事…。
やっと、やっとだ。
この二年でまともな生活に戻りつつあったのにっ!!