体のそこらじゅうが痛い。

秋生は額から流れた汗が首筋を伝うのを感じ目を覚ました。
やけに暑く、皮膚に服が纏わり付く。
秋生はクーラーの効いた、涼しい自室で寝ていた。
そのはずだった。
それに、やけに頭もふらつく。
酒に酔った様な、いやそれよりも重く感じる。
秋生は軽く頭を振ると、周りに汗が飛びっちった。

「なんだよ…。」

頭を触ろうとすると、手が上がらない。
そうなってやっと自分の手足がくくられていることに気付いた。
秋生は目を見開き自分の体を見た。
次第に目が暗闇に慣れてきたのか、自分の様子が見え出してきた。
秋生の体は椅子に座らせられていて、後手に手は固定され、両足は椅子の足に縛り付けられていた。

「なんだよ…これ。」

手を何度か動かしてみるが少し重みのある物が動くだけだ。
秋生は周りを見渡したが暗闇の中では、何もわからない。

「おいっ!誰だよ!?これ、外せよ!!」

大声で叫んで見ても、何も聞こえてこない。
聞こえないというより、自分が深い海の中にいる様な感じがした。
ここはどこだ?あまりにも静かすぎる。
都会?田舎?
どっちにしても、こんなに静寂な場所がこの時代に存在するのだろうか?

また汗が耳側から伝う。
秋生は落ち着かせるために深く呼吸をすると、ゆっくり息を吐いた。
汗が気持ち悪く肩で汗を拭う。

真っ暗な世界に突然光が射した。
眩しすぎて、秋生は目を強く閉じた。
閉じたのに、瞼越しの光は目をチカチカさせた。
ゆっくり目を慣れさせながら瞼を開ける。
真上からスポットライトの様に、ライトが秋生を照らしていた。
再度周りを見渡した。
強い光のせいなのか半径数メートルの範囲しかわからない。

「おいっ!誰かいるのか!!?居るなら返事してくれ!助けてくれ!」

何度か同じ様に声をあげてみるが、全く何も変わらない。
目を瞑り真上に向かって声をあげた。
今自分に向けられている光が強すぎて、周りがわからない。
此処が何処で、どれだけの広さなのかもわからない。
静か過ぎて気味が悪い。
汗が止まる事を知らずダラダラと流れる。
へばり付く服が気持ち悪い。
少しでも、どうにかしたくて動いてみるが疲れるだけだった。
頭が酷く重たい。
ここに連れて来られたのなら、殴られたのかもしれない。
もしかしたら、何か薬物でもうたれたか…。
さっきから耳側から流れる汗が気になって仕方がない。
秋生はまた、肩で汗を拭った。
その瞬間体から血の気がスーッと引いて行く。
肩が真っ赤に染まっている。
引いた血の気が、倍増して一気に心臓に戻ってくる。
脈が早く打ちまくり、全力で走った時の様に息があがる。

「な…なんだよ…これ…。」

今にも泣き出してしまいそうな声が出る。
秋生は逆の耳側も肩で拭った。
同じく白いTシャツが真っ赤に染まった。
秋生は無理矢理に息を整え肩に鼻を近づけた。
ツンっと鼻腔の奥を鉄の匂いが突き刺した。

「マジかよ…。なんで…?」

秋生はここに連れて来られる時に殴られたんだと思った。
この頭の痛みがそうなんだと思った。

「‥‥まさか‥復讐??」

秋生には自分がこんな事される心当たりが、一つだけあった。
それはあまりにも、明確な心当たりだったからだ。
一週間前19歳になった秋生は17歳の時、当時つるんでいたグループで一人の女子生徒を監禁し暴行のすえ死なせた。
直接手を出したりはしなかった秋生は無罪となり保護観察処分で済んだが、世間を巻き込んだ事件はその後秋生の生活を壊していった。
近所の目を気にした両親は転々と住まいを変え、秋生は高校中退後、家でゴロゴロする生活になった。
幸か不幸か、秋生の家はお金に困る家ではない。
病院を幾つも経営している両親のおかげで、むしろ裕福な方だ。
その為両親は外に出て、何かするくらいならと家でゴロゴロする息子を見て見ぬフリをしていた。
今日もいつものように家で、たわいもない一日を過ごしていた。
うるさい外の蝉の声を遮る様にヘッドホンで音楽を聴きながら涼しい部屋で寝ていた。

「でも、今更…?」

秋生は、あの時の事を思い出し考えた。
あの後女子生徒の家族は娘の後を追い、自殺したと、ニュースで知った。

「2年も前の事だぞ…今更何がしたい…復讐か?…おいっこれは復讐か!!そうなのか?!」

声が擦れてしまうぐらいの大声で叫んだ。
秋生が静かになったのを見計らった様に頭上のライトが静かに消え、また暗闇が戻った。
それよりも、耳側から流れる血が止まってると思えなかった。
肩についた血はいつしか胸元まで赤く染めていた。