「ただいまー」

買い物を済ませて家に帰ると玄関に大きいスニーカーと女物の革靴が並んでいた。
玄関のドアを後ろ手に閉めながら、ああそう言えば今日はお兄の帰りが早い日だったな、と思った。
そしてもう一足の靴の持ち主はー…


「青羽お帰りーっ」
「菓子姉(カコネエ)」


私とお兄の幼なじみ兼お兄の彼女の新山 菓子(ニイヤマ カコ)サン。
「ただいま」
菓子姉に会うのは少し久しぶりな気がして思わず笑みが零れる。まぁ実際には一週間前に会ったばかりなのだけど。

「おー青羽帰ってきたか」
「ただいま、お兄」
リビングから出て来たお兄は私の手にあった買い物袋を持つと、『今日は俺が夕飯作るから勉強しなサイ』とだけ言ってまたリビングに入って行った。



―菓子姉も居ることだし、今日はリビングで勉強しよ。



そう思いながら自室で部屋着に着替え、勉強道具を持ってリビングへと戻った。











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「くっはー!!相変わらず直人の作るご飯は美味しいねぇっ」
出来立てのカレーを頬張り、拳を作りながら菓子姉が言う。
「お前は自分の家に帰って食えよ」
呆れながら言うお兄。
「…でも…菓子姉居てくれた方が…嬉しいかも…」
お兄と二人きりとか嫌だし。ウザいもん、と付け足す私。
「青羽偉いっよく言った!」
「ちょっ!!?青羽サン゛ン゛ン――――――!!!お兄ちゃんハートブレイクよっ!!?」
喜びながら私の頭を撫でてくれる菓子姉の横にはうなだれて泣き真似をするお兄。

こんな空間が好きだなぁなんて思いながら、私は笑う。
「そういや青羽、最近りえちゃん達と仲良しらしいじゃん」

冷蔵庫からデザートのプリンを出し、盛り付けをしながらお兄が言う。

「…仲良しっていうか…うん…まぁ…」

正直ちょっと照れ臭い。目の前に置かれたプリンの表面を見ながら私は答える。
菓子姉は私の目の前でプリンの登場に喜びの声をあげていた。


「良かった」
くしゃ、と頬を緩めて笑うお兄に、つられて私も破顔する。



「…うん。」



ゆらゆらと揺れるプリンを見つめながら、そう答えた。
初めて見た時、『あぁ美人さんだぁ』って思ったの。

本当にただ、それだけ。

お話してみたいなって、
仲良くなりたいなって、

そう思っただけ。










.
「りえちゃんおはよー」
「おはよっ睦実ちゃんっ」

ぽかぽかとした太陽に思わず足取りはゆっくりになる。
冬が一番好きだけど、春も好きだなぁなんて思いながら睦実ちゃんと話しながら学校に向かう。


と、
あの前方に見える黒髪ロングはもしやっっ!
「青羽ちゃ――んっ!!」
黒髪がゆらゆら揺れる背に向かいわたしは話し掛けた。

一瞬びくりと肩をすくませてこちらの姿をちらっと横目で確認すると、青羽ちゃんは走って行ってしまった。

「あれ―……」
えー何で?何でかなぁ何でなのかなぁっ

「…りえちゃん最近釧路さんと仲良いよねー」
ぐるぐると考えていると、睦実ちゃんの声が横から聞こえた。









……仲良い…?


「えっほんと!!?」
「え!仲良くないの!!?」
思わず聞き返した言葉に睦実ちゃんがびっくりしながら聞き返してくる。

「んーんっ」




わーいっやったー!
周りから見てそう思えるって進歩だよねー
確かに最近前よりは嫌がられてない…気がするー

あれーでもじゃぁ何でさっき避けられたのかなぁ



また同じ問題に戻ってきちゃった、と思い考えていると
「…ねぇりえちゃんさ、どうして釧路さんに構うの?」
「へ…?」
ふと思考を遮った睦実ちゃんの一言に違和感を感じる。だって『構う』って…


「あんな子構うのやめなよーりえちゃんまで変な目で見られるよ?」



ああ
だって
ほらまた
『構う』って…



「あの子何て呼ばれてるか知ってる?あんな子構ってたら…」
「その言い方やめて!」
睦実ちゃんが言い終わるか否かの内に言葉が思わず飛び出していた。




だって『構う』とかそんなの、違う。

何か、嫌だ。







足が動かない。
目の奥がだんだん熱くなってくる。
「は?何それ―…
「あ!りえちゃんに睦実ちゃんじゃんっおはよー!」


睦実ちゃんが何かを言いかけた時、翔ちゃんの間の抜けたような声がした。
小走りでやってくる翔ちゃん。
その後ろには裕芽ちゃん。


「あ、ねぇ睦実。聞こう聞こう思ってたんだけどさー…」
裕芽ちゃんが睦実ちゃんに話しかける。二人の共通して好きなバンドの話で盛り上がっている。


―穏やかな空気へと変わる。


前を歩いている裕芽ちゃんと睦実ちゃん。
そしてその後ろには翔ちゃんとわたし。