「…そう…だけ…ど?」
同じ学校でも無かったのに、私の名前知ってるということは、やはりここでも私の『噂』は有名なのだろうか。尤も東小との合同バザー等の時に噂されているのを聞いたことはあるけれど。














…最も、噂では無く事実だと私も思っているけれど。

「ごめんね、頭ぶつけたでしょ。大丈夫?」
そう尋ねられた声によって、私の思考は戻された。

「…大…丈夫だから…」
だから―…
周りから聞こえてくる僅かな声が、頭を支配してその後の言葉が出て来なくなる。

―『私に関わらない方がいいんじゃない?』

そんな言葉を飲み込んでその場を足早に去った。

久しぶりの他人(ヒト)との会話に頭がくらくらする。













「あ―…行っちゃった…」
背を向け足早に去って行く釧路 青羽(クシロ アオバ)の姿を見、苦虫を噛んだような表情で伊村 裕芽(イムラ ユメ)は呟いた。
「あの子って…あの噂されてる釧路さん?」
裕芽の顔を覗き込むようにして名城 翔平(ナシロ ショウヘイ)は尋ねた。
「ああ…あのくっだらない噂ねー」
「相変わらず裕芽ちゃんはばっさり斬るねー」
苦笑気味に答える翔平。
「だって嫌いっそーゆー噂もそれに左右される人もっ」
そんなやり取りをしている二人の横で、津川 りえ(ツガワ リエ)が跳びはねながら言った。













「わたしっ青羽ちゃんと仲良くなりたいっ」
少しくらくらしながらも、教室へと辿り着き、ドアを開ける。

瞬間、周囲がざわめくのが分かった。

その理由なんて、分かってる。
















「―おい。あれだろ、あの子…疫病神って噂の…」
「あの子と仲良くなった子、皆怪我してるんでしょ?」
「一部じゃあの子がやったんじゃない?って噂もあるらしいわよ」
「…一緒のクラスとか…マジかよ…」





そんな、小さな声があちこちから聞こえる。
黒板に書かれた出席番号を見て自分の席を確認し、席に着いた。その間もざわめきは途絶えない。

物心つく前から、私の周りには不幸が付き纏った。私に優しくしてくれた人には皆不幸が訪れた。
それは些細な怪我だったり、全治何ヶ月にもなる大きな怪我だったり…最悪は…死だったり。

私自身が呪われているのだろうか。それも当然なのかも知れない。
母の命と引き換えに産まれてきた私。

祖父から母を奪い
祖母から母を奪い
叔母から母を奪い
父から母を奪い
兄から母を奪い

そして、私が産まれた。

犠牲の上に成り立った命。

だから仕様のないことなのかもしれない。


そんなことを考えていると、入り口の方が一気に騒がしくなったのに気付く。


―あの子だ。さっきぶつかった『りえちゃん』。
「おーりえーっあれ?もしかして一緒のクラス!?」
「わぁっ真木(マキ)ちゃんだぁっやったーぁ」

「おい津川ーさっき廊下でぎゃーぎゃー騒いでんの見たぞー」
「おぉう三科(ミシナ)くんっ見られてたかっ!!」
「あんだけ騒がしけりゃ分かるってそりゃ」

男女問わず笑いながら話をしていく『りえちゃん』。
クラスのほとんどが顔見知り状態で。

名字は「津川」って言うのか…。

窓の外を見ながら、ぼんやりと考えていた。




「青羽ちゃんっ」
いきなり呼ばれた名前に心臓がびくりと震えた。家族以外に名前を呼ばれるのなんて何年振りだろう。
出来る限り平常心を保ちながら声のした方へ視線をやる。








―『りえちゃん』、もとい津川さんだった。

「…何?」
「席お隣なのっわたし津川 りえって言いまっす!よろしくねっ」
眉を潜めながらのお世辞にも愛想が良いとは言えない私の言動に対し、屈託なく笑顔で答えた津川さん。

この子は何を考えているのだろうか。
こんな、愛想もない私に、話したら気分が悪くなるのは目に見えているじゃないか。
私の噂だって聞いたことがあるだろうに。
他に友達だってたくさん居るのに。
―どうして…





「…。」
私は何も言わずに席を立つと、一人今だ笑顔をこちらに向けている津川さんなんて放って、廊下へと向かっていた。














津川さんのあの行動を
『同情しているだけだろう。』『偽善ぶりたいのか。』


そんな風に考えることなど容易に出来たが、どうしてもそうは思えない自分がどこかに居た。


…少し、嬉しかったのかも知れない。
馬鹿じゃないのかと、廊下の片隅で一人自嘲気味に呟いた。








「ただいまー」

玄関の重い扉を引きながら発したその声は、誰も居ない家に静かに響いた。ゆっくりと扉を閉めて鍵を架けたと同時に鞄の中の携帯電話が静かに震えた。

開いた携帯のディスプレイに映るのは『お兄』の二文字だった。

―もっとも私の携帯に連絡をいれてくる人といったら、父と兄しか居ないのだから当然と言えば当然だろう。
届いたメールを開くと余程急いでいたのだろうか、変換されないままのひらがなだらけのメールで…


『わりぃ!おれのへやにあるえぷろんばいとさきまでもってきてっ』


「…部屋にあるエプロン…バイト先まで持ってきて…」

二階のお兄の部屋に行くと入り口付近に『de'gel』と店名の入った綺麗に畳まれたエプロンがあった。
「…まったくもー…」



自転車置き場から自転車を出し、籠にエプロンの入った紙袋を入れる。

お兄のバイト先は自転車で十分程の所にある小さなケーキ屋さんだ。パティシェ志望のお兄はオーナー…って言うのかな…に頼み込んでバイトがてら色々と教えてもらっているらしい。週二回、火曜と土曜のバイトで、学校が終わってから急いで行くからこんな事も何回か有った。

―でもこの日だけは、いつもと違った。











―カランカランカランっ
「いらっしゃいませぇ!」
店内には甘いお菓子の香りが広がっている。
ショーケースの中には宝石のようにきらきら光る苺の乗ったショートケーキや金箔の乗ったチョコドーム。造化で飾られた木の棚の方には綺麗に包装されたクッキーやパウンドケーキが置いてある。
…おいしそう…。

本来の目的を思い出し、店員さんの所へ行く。


「…あ…の…すみません…釧路 直人(クシロ ナオヒト)…居ます…か…?」
そう尋ねると
「はいっ居ますよっ妹さんかな?今あちらの方に…」
そう言いながら奥に広がるテラスを示す。

「…あ…ありがとう…ございます…」