桃矢と目を合わせないままじっとしていると、店の中から声がした。
「蓮ー、なずなちゃん来たのー?」
わたしと先輩の名前を呼ぶ穏やかな声。
「あぁ、もう来てるよ。母さん」
“母さん”という言葉を聞いて、わたしは振り返った。
「あなたがなずなちゃんね!こんにちは、蓮の母です」
「こっ、こんにちは……」
お店の中出てきたのは、母さんという言葉が不釣り合いなほど、若々しい女の人だった。
そっか、花屋の息子って言ってたもんね。
仕事中にお邪魔しちゃって大丈夫かな……?
「ふふっ、蓮から女の子が遊びに来るって聞いたときは驚いたけど、可愛い子ねぇ〜」
「いえいえ、とんでもないです……!」
わたしみたいな平凡女より、萩原先輩のお母さんの方が断然美人さんだ。
美人すぎて緊張しちゃうくらい。
「あら、そちらの男の子は?」
「あっ……えっと……幼なじみの杉浦桃矢です……」
「幼なじみなのね〜!ゆっくりしていってちょうだい」
「は、はい……」
ついさっきまで元気だったはずの桃矢が、いつものヘタレに戻っていた。
キョロキョロと目を泳がせて、誰が見ても一瞬でコミュ障なのが理解できる。
あの元気の良さはマグレだったってこと?
まぁ、ヘタレの方がいつもの桃矢らしくてわたしは落ち着くけどね。
そして挨拶を終えると「それじゃあ、仕事に戻るわね」と言い残してから、萩原先輩のお母さんはお店の奥へと戻っていった。