氷の王子。
そう呼ばれるには、理由があった。


彼は、にこりとも笑わないのである。



冷たすぎる美貌。
心を閉ざした王子。



近寄りがたい雰囲気の彼に
不用意に近づく者は居なかった。
皆、心のどこかで彼を畏れていた。
政治家や学友達、
挙句の果てには侍従侍女たちまでが彼を畏れていた。


それで良いと、彼は思っている。


そんな彼とて、心を許す者がいた。




「それで、ヒーレン?
アダルスはどうした」


ヒーレンと呼ばれた男は、にやりと笑った。


彼も、セルトが心を許した人物の一人だった。
そしてヒーレン自身も、セルトを信頼している。
でなければ―――。



「あー……あいつ、馬に蹴られて保健室」


「!?」


こんな砕けた物言いは出来ないだろう。



「……っていうのは冗談で、
あいつは後片付け。
俺だけ逃走したんだよ」


ヒーレン――ヒーレン・アズノエルは、
近衛兵将軍だった。

正式には、臨時将軍、だが。

彼は、セルトと同じ歳の、青年だった。
彼との付き合いは、二人が――正確にはもう一人いるのだが――
アルトサダム魔法魔術学校への入学から始まった。


ヒーレンは、庶民の出身である。
少しくすんだ赤茶色の髪は、庶民を現している。
そして髪よりも色素の薄い双眸、少し高い鼻。
背はセルトと大体同じぐらいだが、彼よりも逞しい体型をしている。


ヒーレンは学生時代、セルトと仲が良かったのと、
剣術に長けていたのもあって、
セルトの推薦で近衛軍に入ったのである。

そして彼はその剣術が誰よりも秀でており、
直ぐに重役に就任した。