「でも安心したわ。拓海ったら結婚どころか恋人もいらないなんてずっと言ってたんですもの。」
「母さん…」
「あら、私はただ心配だったのよ?伊織君が結婚したのに貴方はしないなんて言うから。」
やっぱり拓海さんは呆れたような疲れたような微妙な顔つきで陽菜さんを見ている。
「そうそう、伊織君。円香ちゃんは元気なの?あなたたち結婚してから全然遊びにきてくれないんだもの。」
「…すみません、陽菜さん。俺も彼女も忙しくて。」
「メグちゃんも全然来てくれなくなったし……寂しいわね。」
眉を下げてそう呟く陽菜さんに私は心臓がドキリと鳴った。
英部長が既婚者?でもさっきの電話で恋人と話していたんじゃないの?
電話の相手は円香さん、ではない。はっきりと"メグ"と言っていたし。
訳がわからなくなった私は思わず部長を見れば、部長は私の視線に苦笑いしか返さない。
「……母さん、その話は良いでしょう。そろぞれ忙しいんですよ、忙しいのは良い事でしょう。」
「そうね、でもたまには遊びにきてちょうだいね?音弥さんだって寂しいって言っているし。」
「もちろん。時間があれば寄りますよ、陽菜さん。」
もしかして、拓海さんは何か知ってるのかな…。知ってるから話題を逸らしたの?
拓海さんと部長の真意はわからない。それに、……ううん、私が何かを考えても何も変わらない。
「奏多ちゃん、お酒は?」
「あ、…弱いんで飲まないようにしているんです。」
優しい笑顔の音弥さんは何かを気付いているのかいないのか、部長の話には口を挟まずに居心地悪く座る私に話し掛けてくれる。
「今日は一緒に飲もうか。明日は休みだし泊まれば良い。」
「でも…」
「大丈夫だよ奏多、もし酔っても俺がいるから。」
ためらう私も、拓海さんの一言にほだされる。拓海さんがいるなら、なんて考えながら差し出されたグラスを受け取り中のスパークリングワインをほんの少しだけ飲んでみた。