会社から車で10分も走れば、慣れ親しんだ家がある。
所謂、実家。今日の夜に奏多を連れてくるはずだった場所。
伊織と庭を歩いていれば90度のお辞儀をする使用人。こんな風景も慣れたものだ。
「拓海、早かったのね!」
玄関から出てきた、と言うよりも飛び出してきたのは俺の母親。
息子の俺から見てもふわふわとしておっとりとした女性だったりもする。
「あら、伊織くん!また良い男になったわね。」
「お久しぶりです、陽菜さん。」
伊織も俺の母親を叔母さんとは呼ばない。と言うか、昔そう呼んだら怒られたそうだ。
「拓海、その女の子は?」
「奏多ですよ、今日連れて来ると連絡したでしょう。」
「あ、そうだったわね。忘れていたわ。」
ふわふわと笑う母親に最早ため息しか出てこない。
とにかく奏多を布団にいれてやりたいと、母親を置いて実家に入り、歩き慣れた廊下をゆっくりと進む。
歩く振動で揺れていても奏多が起きる気配はなく、ホッとしたのと同時にチクリと痛みが走る。
由里に何かを言われて泣きつかれるほど泣いた奏多。
泣いた原因が基を辿れば自分にあるのだといたたまれない。
どうしようもないモヤモヤとした思いとチクリチクリと刺すような痛みに眉を寄せたまま、昔使っていた、今もそのままにされている自分の部屋に入り、ベッドの上へそっと奏多を寝かせた。