社長室を出るのは名残惜しくて、何度も振り返れば優しく細められるダークブラウンに胸が苦しいくらいに締め付けられる。


「奏多…そんなに見られると帰したくなくなるよ?」

「…ぅ……」

「あと2時間だから、仕事しておいで?」


とことん甘やかしてくれる拓海さんに小さく頷けば、いい子、とまた目を細めてくれる。
あと2時間だ、そう言い聞かせてコツコツとヒールを鳴らしてゆっくりと社長室を出る。
もちろん、出る間際に拓海さんを見るのも忘れずに。


「随分、長い事引き止められたのね?」


エレベーターへと歩く途中、何かを含むような言い方で引き止められ、私は首を傾げたまま後ろを見る。


「拓海に随分と可愛がられているのね。」

「ぁ…あの……」

「あぁ、気にしなくて結構よ。ただ、"イマ"の拓海の彼女を見に来ただけだから。」


目の前には、茶色く長い髪を上品に巻き、ナチュラルでもなくケバくもないメイクを女優も霞むような美貌に乗せた女性。
背も高くてスタイルも良い。そんな女性はニッコリと、それでも妖しく微笑んでいる。


「せいぜい、イマを大事にしてね。…………拓海はもうすぐ返してもらうから。」


ふわりと鼻を擽る甘ったるい大人の女性の香り。それに眉を寄せながら、耳元で囁かれた言葉に顔が強張る。

"返してもらう?"

この綺麗な女性は拓海さんの何なのだろうか。

私なんか足元にも及ばない綺麗な大人な女性。


私はその場にいたくなくて、何も言わずにエレベーターへと走っていた。