「何なんよ…あの二人…」

私の心の中が見えているようなそぶりをしているが、実は見えていない。見えていないのは百も承知なのだが、見透かされていそうで、不気味だった。

「…」

中庭のベンチに座り、持ってきておいた本を読む。昼休みは一時間。授業が始まるまではあと十五分ほど時間がある。読書には少し短いかもしれないが、他にこの微妙な時間と心情を処理する方法を思いつかなかった。

「…」

昔から、本を読んでいる時は自由だった。現実にいることもできるし、本の中に入ることもできる。テレビや映画を見ている時にはどうにも体験できない、二つの世界を自由に行き来する感覚がそこにはあった。

「…こんな所で読書?」

現実世界の声に呼び戻され、顔を上げる。そこに立っていたのは、尾張先生だった。

「教室、戻らないの?」
「えっと…何か、外で読書した方が気持ちええかなって思って…」
「何か分かるかも、その気持ち」

先生は自然な流れで隣に座り、空を見上げた。

「僕も、津田さんと同じくらいの歳の頃は読書好きだったんだ。今はそうでもないんだけどね」
「…そうなんですか?」
「うん。…といっても、動機は子供っぽい理由なんだ」
「どんな理由なんですか?」

照れ臭そうにはにかんで、尾張先生はこう語り始めた。

「…僕、高校の頃に片思いしてた子がいてさ。同じ学年だったんだけど、クラスが違うから全然話したこともなくて。でも初めて見た時から、何となくカワイイなって思ってたんだ」

クラスが違って話したことがなくても、恋に落ちる…。もしかしたら私も、あの頃顔を少し上げてみたら、そんな人がいたのだろうか…?