「惹かれすぎて、帰れなくなるから?」


半分は、と波音は言った。


「きっと、海の中から見上げる空は、とっても綺麗だと思う。見惚れて、海から出られなくなるかもしれない。でも、やっぱりあたしは海から出るんでしょう。そのときに、自分は海には『帰れない』と思うことが嫌なんです」


「人魚には……なれない、か」


波音は大きくうなずいた。


「先生は、どうですか? 久しぶりに海に来てみて」


「……少し、複雑な気分だ」


うつくしく光る青は、まさしく海音が求めていた色だった。


海の絵を描き始めてから、ずっと作りたいと思っていた色。



「海良が眠っている海がやっぱり綺麗で安心したけど。綺麗すぎて、俺が海の絵を描かなくても良かったんじゃないのか、と思っちまうな」


こんな目にまぶしい色は、自分には出せない。
 

だが、この色を目に焼き付けて帰ろうと、海音は思った。


自分は絵描きだ。いつか、必ずこの色を出してみせようと。


真剣な顔で海を見つめる海音を、波音はうれしそうに眺めていた。


「……誘ってみたけど、先生迷惑してるんじゃないかなって思ってたんです。海はまだ見たくないんじゃないかなって。でも、大丈夫だったみたいですね」


良かった、と安堵のため息をつく。