「俺も、海には入れないんだ」


「……先生、も?」


静かに俺の話を聞いていた菊池が、意外そうに口を開いた。


確かに、意外なんだろう。


海の絵を描く人間が、海に入れないなんて。


「泳げないわけじゃないけどな。海良が眠っている場所だと思うと、足を踏み入れる気にはなれない」


死んだときは苦しかっただろう。


でも、今は静かに眠っているかもしれないから。


その場所を乱すことはできない。


完全な自己満足。他人には理解できないだろう。


「なんだか、似てますね。あたしたち」


菊池も、泳げるけれど海に入れない。


俺も、絵を描くけれど海に入れない。


矛盾しているけれど、それが俺たちにとっては当たり前だから。


「そうだな。……悪かったな。勝手に打ち明け話みたいなことして」
 

向かいを見れば、菊池はにっこりと笑っていた。


「先生の話が聞けてよかったです。妹さんのことは、本当に残念でしたけど。でも、きっと妹さんは喜んでると思います。お兄さんが自分のことを思って絵を描いてくれてるんだって」


いいお兄さんですね、なんて、ほめられてしまった。


生徒にほめられる教師なんて……立つ瀬がない。


でも、悪い気はしないな。


「明日海に行きませんか? 一緒に」


突然の菊池の誘いに、俺は……戸惑いながらもうなずいていた。