「母親はすぐに再婚した。ベンチャー企業の社長とやらとな。時々俺に服やらなんやらを送ってきたから、まあまあいい暮らしをしてたんだろ。だけど、それもつかの間だったな。再婚相手の事業が失敗して、転落の人生」


借金で首が回らない、生活もままならない、と別れた亭主に金の無心をしてくる母親。


子供ながらに、見るに耐えなかったのを覚えている。


ときどき母親に連れられて来る妹の耳に入らないように、いつも遠くへ連れ出していた。


父親も人がいいんだかまだ情があったんだか、少し金を用立てていたようだったけれど、それも焼け石に水だったらしく、結局再婚相手は破産した。


「毎日のようにかかってきていた母親からの電話がふっつりと切れて不思議に思っていたときに、テレビでニュースが流れたんだ。……一家心中のニュースが」


崖から海に向かって車でダイブしたらしい。


ブラウン管の向こうの、ひしゃげて紙のようにゆらゆらとゆれるガードレールの映像が、今でも目に焼きついている。


「母親と、母親の再婚相手と俺の妹……海良(みら)の名前がテレビに映し出されて。……信じられなかった」


ついこの間までちょこまかと俺の後をついてきた妹が、もうこの世にいないなんて。


たった十二歳で死んでしまうなんて。


それも自分の意思とは関係なく。


そんなこと誰が想像できただろう。


「親の勝手な都合で命を奪われた妹が不憫で仕方なかったよ。冷たい水の中で苦しんだだろう。俺に助けを求めたかもしれない。でも、俺はどうすることもできなくて。……だから、海の絵を描き始めたんだ。せめてもの慰めと、謝罪をこめて。海良が眠る世界が、綺麗なものであればいいと思って」


海良が最後に見た光景がどんなものなのか、想像もできない。


もしかしたら、何も見えない暗闇だったかもしれない。


けれど、うつくしい青色だったらいいと思って、俺は海を描いてきた。