菊池の『海に入らない理由』を聞いてしまった俺。


興味本位で聞いたわけではないが、決して楽しい話ではない過去を話させてしまった代償は払わなければ。


……いや、代償じゃないな。


俺は、誰かに知って欲しかったのかもしれない。


俺が海の絵を描く本当の理由を。


「話すよ。ぜんぜん、楽しい話じゃないけどな」


空になった重箱を脇に片付けて、菊池はきちんと座りなおした。


行儀のよさは親御さんのしつけの賜物だな。


菊池のご両親はとても良い方たちなんだろう。


少し、菊池がうらやましい。


俺の親は……いい親だとは思えないからな。


少し遠い過去を思い起こす。


山の木々が色づく、九年前の十月の終わりの出来事。


「俺の両親は、俺が十歳のときに離婚したんだ。二つ年下の妹がひとりいたけど、俺は父親に、妹は母親にそれぞれ引き取られた」


離婚の理由は、今でもよく分からない。


これまで聞こうと思ったことはないし、これからも聞く気は無い。


子供にとっては、親が離婚した。


それがすべてだから。