スリッパを引きずって、いつもの倍の時間をかけて美術室にたどり着いた。


引き戸を開くと、こもった空気が吐き出された。


部屋の中央にはイーゼルに立てかけられたキャンバス。


昨日、菊池の話を聞いてから一向に進まなかった青い絵が、情けない自分を責めているようだった。


熱い空気を逃がすために窓を開ける。


そして、不意に気付く。


いつもの水音がしないことに。


時計を見れば、九時近い。


この時間なら、菊池はもう泳いでいるはずだ。


……いつもなら。


しかし今日は、だれもいない。


海音は菊池に言った。


明日、またここに来てくれないか、と。


菊池は、NOとは言わなかった。


今日は、来ないのだろうか。


美術室に来なくてもいいから、いつも通り泳いでいて欲しかったと、海音は勝手に思う。


聞いて欲しいんです、と菊池は言ったが、本当は話したくなかったんじゃないのか。


自分があんまりしつこく尋ねるから、仕方なしに話したんじゃないのか。


きらきらと光る水面が、自己嫌悪を誘った。


視線をプールから無理やり引き離して、キャンバスの前に座る。


パレットナイフを手に、海音は祈るように天井を見上げた。