その翌日の昼休み。
屋上で、まったりと昼飯を食べていると…
「眞紘くん、あの……」
隣に座っていた花奏が食べる手を止めて、躊躇いがちに口を開く。
「ん?何?」
「き、金曜日のことなんだけど……」
その表情は、気まずそうな雰囲気を漂わせていた。
金曜日って、花奏の誕生日だよな。
部屋でパーティーをするよりも、どこかに出掛けたくなったとか?
それとも、二人でお祝いじゃなくて、花奏の家族も含めて、みんなでパーティーをしたいとか?
「私、眞紘くんの家に……泊まってもいい?」
………えっ!?
大きく目を見開く。
聞き間違え、とかじゃないよな?
予想を遙かに超えた言葉が飛んできただけに、反応が上手く出来ずに固まってしまった。
「実は、今週の土曜日にお母さんたちが親戚の結婚式に呼ばれてたの忘れてて…。遠方だから金曜日に前泊するらしいんだ。そうなると、家に私一人になるでしょ?一人だと防犯上…危ないから、眞紘くんの家に泊まらせてもらいなさいって言われて…。」
なるほど。
そういう事情があったのか…。
「や、やっぱり急に泊めて欲しいって言われても困るよね。私、パーティー終わったら家に帰るから……」
「全然困ってねぇよ。」
申し訳なさそうな表情をする花奏を見て、首を横に振る。
「花奏なら、気軽に泊まりに来てもらって構わないから。この前のデートの時も、同じようなこと言ったろ?」
「うん…。ほ、本当にいいの?」
「もちろん。」
物騒な世の中だし、夜…花奏を一人にするのは危ない。
俺が傍で守らないと。
「良かったぁ…。最近、近所で空き巣被害とかあったから夜を一人で過ごすの不安だったの…。眞紘くんが一緒なら心強いよ…。」
ホッと安心したのか、表情をフワリと和らげる花奏に笑顔で頷く。
ふと、頭の中で慶介の忠告が再生された。
“くれぐれも、理性を飛ばさないようにな。暴走して白石に嫌われないようにしろよ?”
……大丈夫か、俺。
あの時は泊まらないこと前提で考えてたから、なんとか乗り切れると思ってたけど…
一晩、花奏と二人きり。
理性保てんのか…?
「ありがとう、眞紘くん…。」
いや、ここで弱気になってどうすんだよ。
暴走しないように、ひたすら頑張るしかねぇだろ。
キスより先のことは、花奏のペースにちゃんと合わせていきたい。
ゆっくりでいいから。
焦って戸惑わせたくない。
「どうしたの?あまりジッと見つめられてると恥ずかしいよ…。」
「ちょっと考え事してただけ。」
頬を赤く染める花奏。
その可愛さに胸が高鳴るのを感じながら、笑みを零した。
多分、誕生日当日も無自覚な煽りや誘いがあるだろうけど、とにかく我慢。
押し倒したくなる衝動にかられそうになっても、しっかり抑えなければ。
大丈夫、頑張れる…。
力強く頷く。
そんな俺の姿を見つめた花奏は、不思議そうに首を傾げていた。
「よし、準備完了。」
朝食を食べ終えた後、制服に着替えた私はカレンダーを見て頬を緩ませる。
今日は、6月10日。
私の誕生日。
眞紘くんの家にお邪魔するのは初めてだから緊張するけど、それ以上に二人で過ごす時間を楽しみにしてる自分がいる。
早く放課後にならないかな…。
心を弾ませながら、外に出ると…
「おはよ。」
家の前で待っていた眞紘くんが軽く手を上げて微笑む。
「眞紘くん、おはよう…!」
笑顔で駆け寄ると、突然…おでこにキスを落とされた。
「えっ!?今の…」
「花奏、誕生日おめでとう。」
優しい眼差しと満面の笑顔の眞紘くんに、心臓が跳ね上がる。
キスされると思わなかったから、ビックリした…。
ドキドキして顔が熱いよ…。
「顔、真っ赤。」
「あっ、当たり前だよ。キスされると思ってなかったもん…。ここ、外なんだよ?近所の人に見られる可能性もあるのに…」
「大丈夫、誰も見てねぇよ。」
眞紘くんが私の頭を優しく撫でた、その時。
「……いや、しっかり見ちまったし。」
聞き覚えのある声に、私と眞紘くんは同じタイミングで視線を向ける。
その先には、気まずそうに笑う矢口くんと目を輝かせている なっちゃんがいた。
二人に見られてたなんて、恥ずかしい…。
「眞紘、朝から攻めてるね。そんな調子で保つの?」
「大丈夫に決まってんだろ。」
眞紘くんたち、何の会話してるんだろう?
体調の話?
頭の中に疑問符を浮かべていた時、ふと……ある光景が私の目に留まった。
あれ?
なっちゃんと矢口くん、手を繋いでる…。
二人とは小さい頃からの付き合いだけど、手を繋いでるところなんて、今まで見たことない。
ということは、もしかして……
「なっちゃんたち、何か進展あったの?」
私の言葉に、二人は顔を見合わせた後、恥ずかしそうに頷いた。
「俺たち、付き合うことになったんだ。」
「そっかぁ!おめでとう!」
ついに恋人同士になったのかぁ…。
ずっとお似合いの二人だと思ってきただけに、自分のことのように嬉しい。
「実は、一昨日の放課後に慶介に告白されてね。その日はビックリして逃げるように家まで帰って来たんだけどさ。でも、ずっとドキドキしっぱなしで、一晩中…慶介のことが頭から離れなくて…。あんなこと初めてだった。」
なっちゃんの頬が赤く染まる。
「でも、おかげで“好き”っていう気持ちに気付いた。慶介は、ずっと傍に居たいと思う大切な人なの。だから、昨日…OKの返事をしたんだ。」
こんなに照れてるところ見るの初めてかも。
可愛いなぁ…。
微笑ましく感じていると、矢口くんが嬉しそうに目を細めた。
「夏波に気持ちを伝えられたのは、白石と眞紘のおかげ。ありがとな、背中を押してくれて。」
「ううん、私は何も……」
「いや、白石も心強い言葉くれただろ?ほら、地区大会の日に。」
眞紘くんを好きだと言うことが矢口くんにバレていたことが判明した、あの時。
矢口くんの口から、なっちゃんが好きだと初めて聞いたんだっけ。
「白石の言葉、嬉しかった。間違いなく、俺の原動力になってたよ。」
“ありがとう”と満面の笑顔を見せる矢口くんに、胸がジワリと熱くなる。
嬉しいな、そんな風に言ってもらえて。
力になれて、本当に良かった…。
喜びを噛みしめていると、いきなり目の前が何かに覆われて暗くなる。
「花奏、そんなに慶介ばっかり見なくていいから。」
それが眞紘くんの大きな手だと分かるのに、それほど時間は掛からなかった。
「ったく、俺にまで嫉妬すんなよ。相変わらず嫉妬深いヤツだな、お前は。」
「うるせぇな。相手が誰だろうと、妬いちまうんだから仕方ねぇだろ。」
不意に覆っていた手が退けられて、開けた視界。
チラリと眞紘くんを見ると、首の後ろに手をあてながら、恥ずかしそうに俯いていた。
いつも思うけど、こういう照れた表情…可愛いなって思う。
見ていて、とても微笑ましく感じちゃうんだよね。
「花奏と結城くんってさ、なんかもう…恋人を超えて夫婦だよね、雰囲気が。」
「えっ!?」
ニンマリ顔のなっちゃんに賛同するように、矢口くんもクスッと笑って頷く。
「まあ、白石たちは恋人同士になる前から幼なじみとして仲良かったからな。一緒に重ねてきた時間の多さが、雰囲気に出てるんだろうな。」
眞紘くんと私って、そんな風に見えるの…?
夫婦かぁ…。
いつか本当にそうなれたらいいな…。
……って、まだ先のことだし、考えるの早すぎるよね。
どんどん顔に熱が集まってくるのを感じていると、眞紘くんは私の手を握った。
「花奏、そろそろ行こうぜ?コイツらと話してると遅刻しかねない。」
「えーっ、まだ時間に余裕あるのに!結城くんってば、そんな言い方するなんて、ちょっと酷くない?」
「全然酷くねぇし。」
なっちゃんは拗ねたようにプーッと頬を膨らませる。
その姿を見ながら、矢口くんは優しく目を細めた。
「夏波、あんま怒んなよ。今のは、俺らを二人きりにさせようっていう、眞紘なりの気遣いだから。」
「き、気遣い!?」
「俺も、今日は…みんなで登校っていうより、夏波と登校したい。出来るだけ、二人で過ごす時間を多くしたいんだ。」
矢口くんの言葉を受けて、湯気が出そうなほど顔を赤く染める、なっちゃん。
そんな、ほのぼのムード漂う二人をチラチラ見ながら、私たちは歩き始めた。
「……ったく、慶介のヤツ。また俺の本心を見抜きやがって。」
直後、ポツリと独り言のように呟いた眞紘くん。
少し不機嫌そう…。
さり気なく気遣ったことが伝わっちゃったから、照れてるのかな?
きっと、そうだよね。