「んで、どうだった?」

「あ?なにが。」

ニヤニヤとしたうざったい顔で聞いてくる。

「いやだから、上手かったか?黒永のテクは。」

「……はぁぁあぁあっ!?」

また熱が振り返しそうだ。耳まで真っ赤にして、田城に怒鳴る。

「なっ、なんつーこと聞いてんじゃボケェっ!!」

「がっはっはっはぁ!!まだまだウブだのぅ!」

「このっ……!!」

「でもまぁ、おかけで助かってんだろ?感謝しなきゃだ。んで、俺にまたこんな話してどういうことだ。」

そう、問題はここから。

「……最近、アイツの顔見れねぇんだよ。」

「……ん?どういう意味だよ。」

「そのまんまの意味だっての……俺はアイツの……黒永の顔が見れなくなった……。」

屋上で見せたアイツの真っ赤な顔、すること1つ1つが脳裏に焼きついて離れない。目をつぶるとあのことを思い出してしまう。まるで……。

「それ、恋じゃん。」

「……は?」

「いや、は?じゃなくて。この前のことが、コウの中ではもう認められたことになってて、頭では理解できてねぇってことだろ?」

「……へ?」

「んも~!俺より頭いいんだから分かれよ!ようするに!」

すると田城は人差し指で俺の顔を指差し、ニッコリと笑って答える。

「雨のこと、好きなんだろ?」

「……す…好き……?」

俺はまだ理解できずにいる。鼓動は少しずつテンポを上げて、脳に血液を送り出す。

「好きって、ライクじゃなくて……ラブの方か……?」

「じゃあコウは、俺とセクロス出来るほど好きなのか?ラブとライクの区別ぐらいは分かるだろ。」

「せ…くろ……す?」

「ん~!せっかく曖昧にしてやったのに!分かれや!!これだから純粋ウブは困るんだっての……。」

頬を染め、空のペットボトルを握りつぶす田城。

「???」

「俺と!セックス出来んのかって聞いたの!」

「……キモッ……。」

「だあぁあ!!親切心で聞いてやったのになんなんだよ!!言ったこっちが馬鹿みてぇじゃん!!……とにかく、黒永にそういうことするかされたいってことじゃねぇの。ラブとライクは違うんだから、確かめりゃいいじゃねぇか。」

「確かめる……どうやって……。」

「なんでもかんでも聞くんじゃねぇ!少しは自分で考えろっ!」

「……。」

『確かめる、か……。』

一方同時刻、教室で昼を食べる黒永も大葉に相談していた。

「────最近……四条に避けられてる気がする。」

「また、口喧嘩でもしたのか?」

「いや、特になにもしてない。なにもしてないのに、俺と目を合わせてくれない……なにか気にさわることしたっけか……?」

黒永は寂しそうな顔をした。眉が下がり、まるでかまってもらえない犬のようだった。犬耳が見える気がする。

「……その、避けられてるって……どういう風にだ?」

「なんつーか……声かけようとしても、なんとなく見てるだけでも……目合わせないし、話したとしてもちょっと話して他のとこ行っちゃうし……。」

「……照れ隠し?」

「そりゃどういう意味だ。」

「そのまんまの意味だっての。そりゃ好かれてるってことだ。まだアイツの反応を見た訳じゃないけど、多分そう言うことだろうなぁ。コウはすぐ顔に出るから。」

「そうか……。」

「なんなら、本人に聞いてみろよ。馬鹿正直なコウなら態度で分かるだろ。」

「……おう。」

そのあとの授業も、やはり目を合わせることは出来なかった。授業は聞き流し、田城に言われたことをずっと考えている。

『確かめる……なにやれば……。』

「……一か八か……。」

ついに俺なりの考えをまとめた結果。

「黒永……放課後また、屋上来てくれねぇか?」

「……悪いが、今日部活。」

「そ……そうか。」

「……そんな泣きそうな顔すんな。待てるなら待っててくれ。6時半に部活は終わる。公園かどっかじゃだめか?」

「……いや、明日でいい。屋上がいいんだ。」

「そうか……じゃあ明日の放課後、屋上な。」

そう言って、俺らは教室を後にした。

「────こい……恋……コイ……。」

『今まで考えたことなかった。恋なんて……俺には無縁だと思ってた……。』

俺は寝間着代わりの浴衣を着て、高校生には広くて豪華な部屋のベッドに寝っ転がっている。横向きに窓の外を眺めて、ただただ黒永のことと自分のことを考えていた。

「若ー!夕飯出来ましたよー!」

明るいシゲの声がドアの向こうから聞こえる。

「若?どうされたんです?今日は好物の唐揚げですよ?」

「……要らねぇ。」

「え?……どうされたんです?具合でも悪いんですか?」

「ん……考え事……あんまり食う気しねぇから、今日飯要らねぇわ。」

「そう、ですか……分かりました。でも、お腹すいたら言ってください。若の分は取っておきますので。」

「おう……ありがと……疲れたから寝るわ。」

「はい……お休みなさい。」

廊下を歩くシゲは、俺の態度の違和感に疑問を持っていた。しかし、長年一緒にいると分かってしまうのだろうか。

『若に、思い人でも出来たかな?……恋患いか……若いですねぇ。』

見事に的中してしまう。なんとも恐ろしいことだ。

「────お早うございます若。」

「……はよ……。」

今日は大雨。大粒の雨が窓ガラスを叩く。空が曇っているように、俺の心もグレーな気分だった。

「若、今日は大雨で地面も滑りやすくなっています。気をつけてくださいね。」

「……ん。」

「……若、大丈夫ですか?顔死んでますよ?夜更かしでもなさいましたか?」

そう、昨日の晩はほとんど寝られなかったのが事実。目をつぶると黒永が出てきて寝られる状態ではなかった。

「……学校……。」

「え?」

「学校、行くから……車……。」

「……はい。」

元気のない姿を見てシゲは心配そうだった。俺らは車内でも一言も言葉を発さなかった。でもボーッとしていると、また黒永のことを考えてしまう。

『……今頃、なにしてんだろうなぁ。』

そんなことを考えていると、いつの間にか学校に到着していた。

「────あ?……黒永は?」

教室のドアを開けると、黒永の姿はなかった。いつも持ってきている黒いエナメルのバックが机に掛けてあった。

「来てるけど、保健室だよ。」

「保健室……なんで……?」

「俺が知るかよ。気になるなら行ってこいっての。」

俺は保健室へとダッシュで向かった。急に心配になったのだ。俺は勢いよく保健室の引き戸を開けた。

「────っ、黒永っ!!」

「しーっ!寝てるから、静かにね。」

「あ……サーセン。」

保健の先生に怒られてしまった。黒永はベッドで寝ているようだ。カーテンで見えないけれど、微かに寝息が聞こえる。

「黒永君のお友達?」

「……うす。」

「そう……心配してお見舞いに来てくれたの……優しいわね。お名前は?」

「あ、四条向陽っす。」

「まぁ!四条さんの息子さんね!お祭りでは毎回お世話になってます。」

「あぁ、ははっ。ど、どうも……。」

ここら一帯の地域の縁日で、テキヤはだいたいうちの組が出しているものが多い。ここら辺の地域は揉め事が少なく、仲もいい。なので、うちの組のやつらと仲のいい一般人もいるってことだ。

「百目鬼さんのたこ焼き、とっても美味しかったわ。今年の夏もやるの?」

「多分やると思うっすけど……シゲの作る飯は最高っすから!」

「そうね!楽しみにしてるわ!」

「うっす!」

やっぱり身内を褒められることは嬉しい。ついつい興奮して声のボリュームが上がってしまう。

「……ん………何……?」

「あ、起こしちゃったかしら。ごめんなさいね黒永君、うるさくしちゃって。」

ベッドの向こうから声がする。シーツの擦れる音と、ベッドのスプリングが軋む音。先生はカーテンの向こうに行き、黒永と話す。

「体の方は大丈夫?辛かったら、まだ寝てても大丈夫よ?」

「……だいぶ薬効いてきたんで、多分大丈夫っす。」

「無理しないでね。あ、そうそう。四条君がお見舞いに来てるわよ。」

「四条が……?そこに、いるのか?」

「おう。」

「心配……してくれたのか。ありがとう。」

「おう……お前、大丈夫なのかよ。なんか、病気とかなんかか?」

「……。」

「……おい、黒永?」

少しの間、先生と黒永が小声で会話するのが聞こえた。所々聞き取れるとこがある。『いいの?』『……大丈夫っす。』すると、黒永はこちらに来るように言った。

「……ベッドのとこに来てみろ。俺がここにいる理由が分かる。」

恐る恐る近づき、カーテンの前まで来る。開けるのが少し怖い。

「……え。」

「……驚くだろうが、見た目ほど悪くはない。心配すんな。」

そこにいたのは、上半身裸で包帯ぐるぐる巻きにされた黒永の姿だった。首の下から背中辺りまでは包帯で皮膚が見えない。この痛々しい姿に、言葉が出なかった。

「こ、これ……なんで……?」

「……黒永君、話す?」

「……大丈夫っす。向陽は友達なんで。」

保健の先生は心配そうな目で黒永を見るが、構わず話し続ける。

「……昔俺は裕福な家庭で生まれて、かなり充実した生活を送ってた。……けど年が上がるにつれて、家族からの当たりが強くなっていった。母さんだけは……味方だったけどな。親父からは、躾と言う名の体罰も受けたことがある。」

「っ……。」

「革の鞭で何度も背中を叩かれた。首にタバコを押し付けられたこともあった。そのとき俺はまだガキで、逆らったら殺されるって思ってた。親の機嫌取りで、毎日ニコニコしてるのが精一杯で、学校でも何事もなかったかのように振る舞ってた。そのうち……うまく笑えなくなっていた。」

胸が痛い。耳を塞ぎたくなる話だ。今俺の顔は、恐怖と悲しみに満ちているだろう。でも、黒永は違った。涼しい顔をして、1つも嫌な顔しないで話し続けている。

「そして中3のとき、親父の気が狂い始めた。原因は薬のやり過ぎ。散々喚き散らして家を荒らしまくった。ついには家に火を点けた。豪邸とも言えるデカイ家が……たちまち火の海になったよ。俺の身内はとっくに逃げて、母さんが親父のために……。」

ここまできたとき、黒永は話すのをやめた。手を顔にあてて、苦しそうだった。目をきつく閉ざし、シーツを強く握っていた。

「黒永君っ……。」

「っ……大丈夫……大丈夫、だから……。」

先生が黒永の震える肩を抱き、落ち着かせようと声をかける。

「無理に話さなくても大丈夫よ黒永君。」

「俺、は……四条に聞いて欲しいんだ。」

「……黒永……。」

苦い顔をしながらも、話を進める。

「……母さんは、親父のために部屋に戻って、そのまま帰って来なかった。俺は燃えた柱の下敷きになっているところを、救急隊員に助けられて今の俺がいる。この顔の火傷あとはそのときのもの。背中の傷は親父のと火事のときの。気圧が低い時は、今でも痛くなる。特に雨の日はかなりな。だからこうして、保健室で休んでるってことだ。」

「……。」

言葉が出なかった。想像以上の惨さに言葉を失った。

「……悪かったな、変な話して。まさか、この話でお前が泣くとは……思わなかった。」

「えっ……。」

頬が濡れている。涙は静かに頬を伝っていた。

「だってよ……そんなヒデェ話、あるかよ……。」

「まぁな、人生そんなもんだ。……ほら、こっち来い。」

「……。」

黒永は俺の顔に手を伸ばし、涙を指で擦った。

「泣いてくれて、ありがとう。コウは優しいんだな。」

「っ……黒永……。」

「授業遅れちまうだろ。行こうぜ……コウ。」

黒永は俺に笑いかけた。だけど、その笑顔はいつもみたいな笑いかたとはほど遠くて、まるで仮面をつけたような笑顔だった。

『……そんな顔……見たくなかった……。』

シャツを羽織り、ボタンをしめる。みるみる包帯は見えなくなる。いつも制服をキッチリ着ているのは、首にあるタバコあとを隠すため。そう理解した。