ミシミシと音をたてうっ血した手は、本当に折れそうだった。黒永の手は血管が浮き出て、目には怒りと憎悪が込められている。俺はただただ見ていることしか出来なかった。今も折れるその瞬間、電車内に放送が入った。

『間もなく、○○○駅。○○○駅です。』

「あ……。」

もう窓から駅見えるところまで電車は進んでいた。運よく出口は俺側。

「……ちょうどいい。オッサン……次の駅で落とし前つけてもらおうか。」

「うっ……うううっ……。」

今にも気絶しそうな男を睨みつける黒永。ドアが空くと同時に、男がふっ飛んだ。

「うあっ……ぐっ!!」

「逃げようったってそうはいかねぇぞ。若に手ぇ出したんだ。それ相応の償いはしてもらうぞ?」

逃げようとする男を足で踏みつけ威圧する。その様子を駅員が見つけ、止めにはいる。

「ちょっとちょっと!何事です!」

「……痴漢っす。こいつ、男のクセして健全なる男子高校生に手ぇ出した犯人っす。駅員さん、こいつ捕まえてください。」

駅員はとても驚いてる様子で話を聞いている。そのうち、何人もの駅員が揉め事を聞きつけ集まってきた。俺は震える手で駅の柱に捕まり、その様子を見ていた。なんとも情けない。

「黒永……お前……。」

「……ごめん……気付かなくて、もっと見てるべきだった。近くにいるべきだった。……大丈夫か?」

「っ……大丈夫だっての……ちょっと、触られただけだ……別に、何も問題な……。」

「問題ないわけないだろ!」

「っ……。」

大きな声で怒鳴られ縮こまる。あいにくその駅にはほとんど人がおらず、黒永の声はよく響いた。

「四条、強がるな。お前の声……震えてるじゃねぇか。」

「……。」

『あぁ……心底怖かったし、もうダメかと思った……でも俺は、こんなことで怯えてるようじゃ……。』

下を向き、声を押さえる。手に力をを入れ、溢れる涙をこらえた。すると黒永は、俺の手を引き胸に寄せ、抱き締めた。

「っ……!?」

予想外の行動にフリーズしてしまう。先程から、黒永には驚かされてばかりだ。助けられ、怒り、そしてこれ。もうこいつの行動は理解不能だ。

「大丈夫じゃないだろ。こんなに震えて、涙目で……怖かっただろ……。」

そう言われて、音もなく涙が頬を伝い流れた。

『怖かった……怖かったさ。人前で、こんな……本当に情けねぇ……。』

「ふぐっ……うぅ…うっ……あ……。」

込み上げてくる恐ろしさと安心感に目頭が熱くなる。俺は初めて、この年で人前で泣いた。黒永のシャツをきつく握り、胸に顔を埋めて、声をころしながら泣いた。俺が泣いたとき、黒永は少し戸惑いを見せたが、抱き返し、優しく頭を撫でてくれた。それでまた涙が溢れてくる。しばらく俺らはこの状態でいた。

「────なぁ、四条。こんなときに、言うのは……あれなんだが……。」

「……?」

「あの、えっと……あっ……当たってるんだが……あの……あれが……。」

「……っ!!??」

俺は勢いよく顔を上げた。見ると、黒永の顔は赤かった。俺と目を合わせず、どこか他の方向を見ている。心臓は鐘を打つように激しく鳴り響く。顔はやかんのように一気に熱くなった。

「あ……あ……これ……これは……っ。」

「仕方が……ない……これは、どうにもなんない。」

『うおぉおぉおおぉっ!!!なんたる無様なっ……もう……死にてぇっ……!!うるさい!俺の心臓っ!!』

「っ……。」

しばらく動けず、声も出せず、2人して顔を真っ赤にして立ち尽くす。

「えっ、駅のトイレで!済ませてくっから!」

「おっ、おぉ!い、行ってこい!」

ギクシャクしながら駅の公衆トイレに向かい、俺は障がい者用の広いトイレに入った。

『ぬわぁぁああぁっ!!なんでこうなる!なんで電車に乗るといつもこうなんだぁあああっ!!駅のトイレで自制行為をするとか……人生の汚点でしかねぇじゃんっっ!!』

「……勘弁してくれよ……もう……。」

そんなことは言ってられない。思春期真っ盛りの息子は収まらない。仕方なく行為に進むことにした。

「うっ……っ……。」

床に膝をつき、ズボンとパンツを下ろし、手を上下に動かす。

『あぁあああぁ……俺は何をしてんだっ……!こんな屈辱……チクショウ……!!』

「んんっ……はぁ……はぁ……っ…あぁ……。」

いつものようにしているつもりだが、なかなか出すことが出来ない。いつまで経っても大きくなるだけで終わりが見えない。

『なんでだよっ……早くしねぇと……!』

「んぁっ……はぁっ……なっ……なんで……。」

粘りけのある音をたて、もう出てもいいころなんだが、気持ちの焦りもあるのかうまくいかない。すると、ドアをノックする音が響いた。

「四条……大丈夫か?……まだ、かかりそうか?」

『あぁああぁもうっ!なんだよ!早くしてくれ俺の息子っ!!』

「まっ…まだ……待って……もう、ちょっと……だか、ら……っ……。」

声に吐息が混ざり、震えてうまく返事が出来なかった。

「……あの、さ……四条……。」

「っ……?」

「そろそろ……時間もあれだから、俺が……俺がしてやろうか?……それ、まだかかるだろ。」

『……はぁぁああぁっ!?』

「いっ……いやっ!大丈夫っ……だから……来んな!……大丈夫、だからさっ……!」

見られるどころか、ついさっき知り合ったばかりのやつにされるなんてとんでもない。でも、自分だけではなんとかなる気もしない。あまり遅くなっても、シゲや組の人たちに迷惑をかけてしまう。俺の中でプライドと時間が天秤で揺れていた。すると、トイレの引き戸が勢いよく開いた。

『はぁっ!?鍵かけといたはずなのにっ!なんで入ってこれるんだ!!』

「……鍵、開いてるじゃねぇか。開かないと思って引いたのに……。」

「あ……ば、馬鹿……なんで……入って……!」

どうやら鍵は閉め忘れていたようで、黒永はドアを閉め、鍵をかけた。そして、ツカツカとこちらに来た。後ろから抱きつくように、優しく触れてきた。手も声も震えていて、耳にかかる息は熱かった。こっちからは顔が見えないが、黒永も顔が赤いに違いない。

「こっちの方が早い……お前には、悪いけど。」

「馬鹿やろっ……大丈夫だって、言ったじゃん……!!」

すると、先走る濡れたものを動かしはじめた。

「んぅっ……くっ……や、やめっ……あっ……!」

「っ……服持って、汚れたら面倒だから。外に聞こえたらまずい。声、なるべく抑えて。俺の指、かんでもいいから。」

「んんっ……ふっ……っ…うる……せ…ぇ……んっ!」

上下に動く手は激しさを増す。口に黒永の指を突っ込まれて、唾液が口から垂れる。

「あぅぅ……はぁ……あっ…あぁ……っ……んむっ……!」

体を大きく痙攣させ、目から涙が出てきた。しかしまだ収まらない。それを見かねたのか、黒永は口から指を抜き、濡れた手で胸をさわった。突起を転がし、刺激した。

「んぁっ!?……はぁっ……ア、あっ……なにっ…してんだっ……んんっ!」

『こいつっ……正気か!?』

「お前、ずいぶん……面倒な体の持ち主だな。こういうことしねぇと、イけないのか?」

「っ……違っ……あんっ……違、う……!」

触り方が変わったのはいつからだ?優しく触れていたはずが、どんどん強く激しさを増す。

「はぁあっ!……あぅっ……やめ……んぁっ!」

「……お前の……せいだろうがっ……こんな、誰のためにしてやってると……。」

「んんっ……ア、あっ……はぁっ…ぁ……っ!」

『早くっ……早くイきたい……なんで出来ねぇんだっ……!もう、無理だ……早く……!』

「ひぐっ……うっ……イか……せ、て……っ。」

「っ……!」

俺の理性はふっ飛び、涙を流しながら黒永に言う。

「お、れ……無理……早くっ……イきたい……イかせてっ……っ…はやくっ……!」

「……さっさと……しろっての……!」

そう言うと黒永は、さらに早く上下に動かした。腰に爪を立て、首筋を舐める。

「はぁあっ!!……うぁっ……あっく……いっ……あっ!」

俺が仰け反ったとき、俺の耳元に近づきささやく。

「っ……コウ、さっさとイけよ。」

『!?』

そして、耳を舐められた。

「っ!?……あぁっ────!!」

ついに俺は絶頂に達した。目がチカチカする。そしてそのまま、気を失ってしまった。

「……はぁ……はぁ……四条……?」

『気を……失ったのか?』

「なんてこったい……これじゃあ意味ないじゃねぇか……。」

『……すまないが、ケータイ勝手に使うぞ。家族の人に迎えにきてもらおう。』

黒永は俺のケータイを探しだし、電源を付けた。

『うわっ……ロックかけてねぇのかよ。どんだけ無用心なんだ。』

電話帳の履歴からシゲのケータイに電話をかけようとした瞬間、シゲから電話がかかった。

「……ヤクザからの電話……。」

黒永は意を決して、電話に出る。

『若っ!?今どこにいるんですか!?ご無事でっ!!?』

「……すみません、向陽の家の人っすか?」

『……誰だ。なぜ若のケータイから……。』

ケータイ越しでも分かる威圧的な声。黒永は生唾を飲み込んで、事情をうまく説明した。

「あの、向陽の友達っす。今○○○駅にいるんすけど、あの……向陽のやつは、駅のトイレですっ転んで伸びてます……。」

『……えっ!?本当か!?』

「うっす。今……俺向陽と一緒にいるんで、迎えに来てあげてください。俺、待ってるんで。」

『分かった、すぐ行く。○○○駅なら、10分程度で着くはずだ。改札で待っててくれるか?』

どうやら信じてもらえたようで、黒永は胸を撫で下ろした。

「うっす。」

電話が切れ、ホッとしたところで気がつく、この状況で外には出れない。

『服は、汚れてない。あとは、俺の手とあいつの……あれか。』

黒永は自分の手を水道で洗うと、ハンカチを取り出し、お湯に切り替えて濡らした。

『頼むから、起きないでくれよ……。』

そっと、俺の息子にハンカチを当てる。ピクリと体が動くが意識は戻らない。

『……よし。』

そうして隅々まで見られ、丁寧に拭かれたあときちんと服を着せられ、俺はお姫さま抱っこで改札を出ることとなった。

「────若っ!」

「……。」

「ありがとうございます。今回は若がご迷惑を……。」

「あっいや……全然、大丈夫っす。むしろ、こっちも申し訳っ……早く連絡すればよかったっす。」

「わざわざ服もきちっとしてもらって、何から何まで……。」

『……本当、ナニからナニまで……しちまったよ。』

黒永はついさっきまでしてしまった過ちを振り返り、反省と記憶消去に励んでいた。

「それではこれで。」

「あっ!待って!!」

車に俺を乗せ、去ろうとするシゲを引き止める。

「?」

「起きたら向陽に、守れなくて悪かった。今回のことは本当に申し訳ないって……言ってくれないっすか。」

「?……はい、分かりました。それでは、おやすみなさい。」

「あ……おやすみっす。」

そうして車は、四条家へと向かった。