「────あぁ!?来れねぇって……どういうことだよ!!」

『申し訳ないです!シノギでちょいとトラブってまして!……おらぁ!さっさとブチ破れ!!……失礼!今日は申し訳ありませんが、電車を使ってください!それではっ!!』

「あっ!?おいっ!!シゲっ!!!……ッチ……メンドクセェ……。」

本当なら車で送ってもらうはずだったが、どうやらシゲは来れないらしい。電車で帰らないとならなかった。

「なんだった?電話の内容は。」

「……シゲの野郎、来れねぇって。シノギに駆り出されてる。」

「当たり前だろ?盛重さんは右腕で5代目にも信頼されてる凄い人なんだから、仕事多くて当たり前だ。」

「そりゃあ……そうだけどよ。」

電車は人が多くて苦手だ。密集した空間に、ギュウギュウに積め込められるのはどうも気が引ける。それに、よくないことに度々巻き込まれている記憶しかない。

「あぁ、コウは人混みとか密閉した空間苦手なんだっけ。」

「……そうだったのか?」

心配そうに黒永がこちらを見る。

「……平気だっつーの。大葉も余計なこと言うんじゃねぇ。」

「今日のコウは強がりだなぁ。」

「うっさいっ!!」

帰り道、電車に乗る組の俺と黒永、チャリ組の田城と大葉で校門を出る。校門を出てすぐそばにある公園でダラダラとするのが、田城と大葉のいつものルートだ。田城は、昼休みの一件で俺と一切言葉を交わさない。4人の間にしばらく気まずい空気が流れる。その空気に耐えられなかったのは、大葉だった。

「……も~!我慢ならん!コウ!百!いい加減にっ……しろ!!」

そう言うと大葉は、両隣にいる俺と田城にげんこつを降り下ろした。

「あだっ!!!」

「いでっ!!!」

「どっちが原因か知らねぇけど、お前らが黙ってるとこう……イライラすんだよ!少しは解決しようとしろ!」

「っ……んだよ……。」

「何も知らねぇクセに……口出ししてんじゃねえっての。」

「だったら、なんで俺らまで嫌な空気に巻き込むんだ!お前らだったらいつも殴りあってでも解決してたじゃねぇか!今回はなんだ!」

「……。」

『今、冷静になって分かっている。悪いのは俺だ。でも、自分から言い出す勇気がない。いっそこのまま田城が切り出すのを待つしか……。』

「……コウがいきなりキレだして、しめられた。」

「はぁ?」

大葉は機嫌が悪そうに返事をした。田城は、また涙目になりながら続けた。

「分かんねぇけど……ヨッシーも見ただろ?俺が黒永を誘ってるときに、連れていかれて……いつもの悪ノリだと思った。けど……実際は、そうじゃなくて……びっくりして、泣いちまった。」

「……百……。」

「……っ……本当にすまねぇ!!」

俺は勢いよく田城に頭を下ろした。

「……コウ。」

「今日の俺は、どうかしてんだよ……だから、ずっとお前らと噛み合わなくて、それでまたイライラして……百には八つ当たりしちまうし、黒永には怖い思いさせちまっただろうし……。」

「……はぁ……2人ともガキ過ぎ……百はいきなり喧嘩のお誘いもダメだし、コウはいきなり手出したらダメだろ。双方同意ならいいけど、いくらイライラしてっからってそれはダメだ。」

「……。」

「……分かった。」

俺と田城は下を向き、落ち込んだ。とても反省している。

「悪かった……手出して……。」

「わーるかった。……黒永、いきなり喧嘩とか誘って……悪かったな。コウは許さねぇけどな。」

「なっ……テメェ……!!」

「……その件は、問題ない。」

「!?」

予想外な回答をした黒永に驚く。表情を動かさず淡々としゃべる。

「初めは田城の圧力ですくんだけど、迷惑ではない。むしろ、少し新鮮だった。不良を生で見るのは初めてだったし、本気の殴りあいの喧嘩も正直してみたいと思った。それに四条は俺と話がしたかったんだろ。自分だけ除け者にされてイライラしてたんだよな。昼休みのときも、ずっと俺のこと見てたよな。」

「っ……。」

的確なことを言われて心臓が跳ね上がった。何もかも見透かされているようだった。

「帰ろ、家に。みんなこれでチャラだ。」

「……あ、あぁ……サンキューな黒永。」

「ん?」

「なんか……いろいろ。」

改めて変なやつだと思った。ほとんど初対面で、しかも慣れない環境下のはずなのに、何事もなかったかのように収めてしまう。俺はまた頭を下げた。すると、黒永は微笑んだ。

「トラブルに巻き込まれるのは嫌いじゃない。それが新しいクラスの新しい友達だったらな。こういうことがあるから新しいクラスは楽しい。」

こうして俺と田城は仲直りをしたあと帰路へと向かった。

「────いいやつだなぁ雨は……ちょっとサディスティックだったけど。」

チャリ組と電車組に分かれたあと、小さく大葉が呟く。

「……スゲェよ。だって俺らに拳あわせず解決しちまうんだもんよ。いつもなら、殴りあって、勝った方に従ってたしさ。」

「だよなぁ……。」

「まぁ、ヨッシーが俺らのこと殴ってくれたのもあるんだけどな。」

「結局、俺らは拳でしか解決出来ない未熟者だったんだよ。黒永がいてよかったわ。制服汚れなくて。」

「ははっ……だな。」

しばらく会話が途切れたあと、田城が切り出した。

「俺……コウのことさ……ちょっと心配なんだけど……。」

「……は?どうしたいきなり。」

「電車で帰るっつってたじゃん?またなんかないか……心配で……。」

「またって……。」

そう、俺は電車で何度かトラブルに巻き込まれたことがある。一度目は、小学生のときに酔っぱらいに絡まれたこと。二度目の中学生になりたてのころに麻薬常習犯と乗り合わせてしまい、警察沙汰になってしまったこと。そして極めつけの三度目は、男なのに男に痴漢されたことだ。痴漢にあったときは耐えきれず、田城に話した。組に痴漢にあったことは伏せたが、こんなことが多くあったため、毎日シゲに送り迎えしてもらっていたのだ。

「……マジかよ。それで電車で帰るのは抵抗あるって……。」

「中学のころだったし、俺らもあんまり強くなかったから……なす術もなかったんだろうなぁ……黒永いるから、平気だと思うけどよ……。」

「…………。」

2人がそんなことを考えているとき、俺らは電車に乗っていた。忍び寄る影はだんだんと俺らに近づいていた。

「……っ……。」

『……人が…多い……身動き出来ねぇ……。』

ちょうど人が多く乗る時間に乗ってしまったらしく、手を動かすのがやっと出来るくらいに満員だった。手すりにつかまり、時々大きく揺れる人波に耐えながら、目的の駅が来るのを待った。

「……大丈夫か。」

「っ……これくらい…なんともねぇっての……。」

正直言って、気分のいいものではない。周りより頭1つ分デカイ黒永は、慣れた様子でつり革につかまりケータイを見ていた。俺はドアの近くでじっと、人が減ることを祈っていた。窓の景色を眺め、早く駅に着くことを願う。

「……っ!?」

すると、誰かに思いっきり押し潰された。電車が大きく揺れたせいか、後ろの人とかなり密着した状態になる。

『気色悪い……さっさと反対側行けっての……!』

そう思っていると、俺の尻の部分で何か動いた。

『えっ……嘘…だろ……これ……!』

「っ…………ん……くっ……!?」

『さっ……わられ…てる……また……!?』

俺はまた痴漢のターゲットとなってしまったようだ。これで二度目……最悪だ。

「……んぁ……っ……!」

『止めろ……止めろ止めろ止めろっ!!』

窓側に追い詰められて身動きが取れない。窓に手をつき、必死に耐えることしか出来ない。黒永は俺より少し離れた場所でケータイを見ているため、こちらには気付いていない。

「はぅ…っ……ん、……ふぅっ……く…はっ……!」

だんだんと力の入る手、荒い呼吸が近づいてくる。

「はぁっ……君……この線では見ない子だねぇ……さっきから、チラチラ僕のこと見てたよねぇ……。」

「……んっ……やめっ…ろって……この……!」

『見てねぇよくそド変態っ!!誰がテメェみたいなクソデブにっ!!』

逃げ出したい、手をはらいたい。必死な思いで逃げようと身をよじるが、逃げ場のないこの空間では無意味だった。むしろ、その動きが相手を刺激するだけだった。

「かわいい動きして……そんなにいいの?」

耳に近づきしゃべる熱のこもった息に背筋が凍る。すると、俺の服の下へと手を入れた。腰辺りを触られ、声が出てしまう。

「あぁっ……!……んくっ……はっ…ぁ……!」

『もう、止めてくれっ……!誰かっ!黒永……!』

助けを求めたかった。しかし、こんな状態を周りのやつに、黒永に知られるのはとんでもなく恥ずかしい。助けを求めたくても、求めることが出来なかった。

『やだ……止めてくれ……!』

「うぁ……ぁ……はっ…はぁ……あっ……!」

そいつの手の動きは止まらず、胸まで手を伸ばしてきた。普通ならその手を掴んで折ることも容易い。しかし、今の俺は立っているのがやっとのことで、そんなことは出来るはずもなくて……。

「んっ……んんっ、あっ……やっ…ダメ……!」

「……ふふっ…ふひひっ……感じてるの?……次の駅までまだ時間はあるし、存分に楽しませてもらうよ……へへへっ。」

「あぁっ……くぁ……っ……んんっ……!」

『くそっ……止めろっ!腰はっ……胸も触るなっ……触るな……俺に触るなっ……!』

「っ!?……う…そ………っ………!?」

後ろに嫌な感触がある。あると言うより、当たっている。ズボンの上からでも分かるほど硬いそれは、電車の揺れに合わせて尻を擦る。

『こいつっ……マジかよ!?次の駅まで……あとどれくらいなんだよっ!!早くっ……早く着いてくれ……!!』

「んんっ!……はっ…ぁ……ふっ……ぐっ……!」

腰を揺らし、さっきより息に熱がこもる。気色悪かった。何より、脈打つそいつが腰に当たるのが、より一層気持ち悪かった。

『早く着いてくれ……!早くっ……早く止めてくれ……!』

「ふひひっ♪……あっれ~……君も感じちゃった?前、固くなってるよぉ……ふへへへっ。」

「はっ……あ……?」

『嘘っ、だろ……そんな分け……っ!』

そいつが言うとおり、俺のも反応していた。さんざん遊ばれて、ついに俺もおかしくなってしまったようだ。

『ほんと死ねっ!……殺す……ブッ殺すっ……!』

「くぁっ!……触…んなっ……やぁ……あっ!」

男は手を俺の前に回し、膨らんだズボンを撫でまわした。背筋に電気が走ったように、体を震わせた。

「はっ……やめっ……止めろっ、て……んぁ……くっ……うぅ……!」

ビクビクと体を痙攣させ、今にも腰が抜けそうだ。目には涙が溢れてきた。

「止めろっ……やめ…て……お願いっ、だから……やめっ……っ!」

自分の体は正直で、芯から熱くなるこの熱は収まらない。膨らんでくる自分のものに、羞恥と悔しさを覚えた。もうダメだ、こいつには勝てない。そう思った。

「いだだだっ!!」

「……えっ。」

いきなり声を荒げた男は、俺から離れた。首で後ろを向くと、鋭い眼光で睨む黒永がいた。

「何……してるんだ?オッサン。」

『……黒永?』

「痛っ!!はっ……離せっ、クソがっ!!」

「テメェ、6代目に向かって失礼なことしてんじゃねぇ。代償は大きいぞ、ド変態。」

ものすごい剣幕で男を睨み、掴んだ手を握り潰す勢いで握る。青ざめた男は怯み、弱々しい声で言う。

「ろっ……6代目……?」

周りはざわつき、視線は黒永と男に向けられる。

「さぁ、選べ……指か……それとも、手首か……それとも下か?」

「ひっ、ひいぃっ!!やめっ……かっ……勘弁……勘弁してくださひっ……!!」

涙目になり泣きつく男に、黒永は不敵な笑顔を見せ、手にさらに力を込める。

「ははっ。止めろ?勘弁?知らねぇなそんな言葉。」

「いぃいいぃっ!!痛い痛い痛いっ!!」