「全部じゃないって……まだあるのかよ……こんなヒデェ話が……っていうか、嘘ってなんだよ……。」
「っ……ごめん……。」
「ふむ……この場に体験者は3人いる。私が話した内容に、嘘や偽りは無い……と思われる。盛重の話もな。死の恐怖を体験したあとは、事実を歪めたがるのが人の弱さであり強さだ。なにも恥じらうことはないぞ。」
「……組長さん……。」
「包み隠さず話すのは勇気がいる。そして、腹を割って話しが出来るということは、その恐怖を乗り越えようとしている証拠。黒永雨君、君は充分に強い子だ。」
「っ……ありがとう、ございます……。」
「そして向陽……この場にいるということは、黒永君の痛み、苦しみ、悲しみを共有することになる。しかし、目を背けてはならない……しっかりと耳を傾け、共に痛みを分かち合うのだ。友ならば、そうするべきだろう?」
親父の言葉は強く深く耳に響き、心に響いた。そして改めて思う。
「……俺の周りにゃ……すごい人がいっぱいだ……。」
「えっ……?」
「……あっ……!」
俺は出てしまった本心を隠すように手で口元を塞いだ。すると、親父とシゲが嬉しそうに笑う。黒永は口が緩み、開いた口がふさがっていない。
「そうかそうか……すごい人か……それはまた可愛らしいことを言うな。」
「正直で、真っ直ぐな答えですね……思わず笑顔になってしまいますよ。これだから、若は皆さんから愛されるんですよ。私も、組長も……黒永君からも。」
「っ……もう、黙れ……!」
2人の言葉が顔に熱を送る。俺は両腕で顔を隠すように覆う。チラリと黒永の方を見ると、微かに微笑んでいた。
「っ……見んじゃねぇ……。」
「……コウ。」
黒永は俺の頭に手を乗せ、優しく撫でる。
「ありがとう……話、聞いてくれて。」
「……おう……こっちも……あり、がと……。」
「……ふむ……2人は友以上の関係だったのか……?」
「っ!?」
突然の虚を突く言葉に俺の心臓は跳ね上がる。それは親父の隣にいたシゲも、俺の隣にいる黒永も同じだろう。
「おお、当たってしまったようだな。そして、盛重……お前も知っていたとはな。」
「っ……えと……その……。」
「はっはっはっ……なんともまぁ、喜ばしいことだ。しかしな、皆正直過ぎではないかね?」
俺達3人は黙り込んでしまった。なにも言い返せないからだ。
『全く……図星だよチクショウ……!なんでみんな察しちまうんだよ親父は!』
「おっと、話がだいぶそれてしまったな。だが、この和やかな雰囲気を壊したくはないな。黒永君、君はひとり暮らしかね?」
「えっ……まぁ……はい。」
「君の都合がよければこの家に、1晩泊まらないか?」
「……えっ!?」
「はぁっ!?」
「こんな話を聞いて、1人きりというものは辛かろう。向陽も、喜ぶだろうしな。」
「ちょっ、待て親父っ!流石にそれはダメだろ!なんかこうっ……ダメだろ!!」
俺はうまい言い訳が見つからず、自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。
「ん?向陽は嫌なのか?」
「嫌っ……じゃ、ねぇけど……でもっ……そんな、いきなりじゃ……悪いだろ。」
「……いいんですか?泊まって……迷惑じゃ……ないんすか?」
「構わん、部屋は多くある。どうせなら向陽の部屋でもいい。ひとり部屋には大きすぎるくらいだからな。」
「そうだけどよ……!」
「どうだね?黒永君。」
黒永はしばらく考え込むと、顔を上げた。
「っ……じゃあ……今夜1晩、泊めさせてもらいます……。」
『っ……マジかよっ……!』
「うむ。では、部屋をどうする?向陽と同室にしておくか?」
「お、お願いします……。」
話がまとまったところで、親父はまたお茶を口にした。
「盛重、黒永君を向陽の部屋へ案内してやれ。向陽とまだ話がある。」
「っ!?」
『話って……なんだ……?』
「分かりました。では黒永君、こちらへどうぞ。」
「っ……シゲっ!!部屋の物あんまし触らせんじゃねぇぞ!!」
「了解ですっ。」
「そんなに慌てなくても、なにも触らねぇよコウ……。」
「まぁまぁ、年頃なんですよ若は。ほんと若いっていいですよねぇ。」
「……若だけにな。」
「うっせぇなっ!テメェの隣にいるヤツも年頃の男子高校生だっつぅの!なに年寄りみてぇに話してんだっての!!つーか!お前もノッてんじゃねぇ!!うまいこと言ったみてぇな顔をすんな!!」
俺は思わず立ち上がり、2人に向かって叫んだ。2人は黒永の発言に口元を抑え、笑いをこらえていた。
「……向陽、そう熱くなるな。座れ。行っていいぞ2人共。」
「では、失礼します。」
「じゃあ、後で……部屋で待ってる。」
2人は、俺の部屋へ向かっていった。俺は親父と2人きりになる。またあの恐怖がよみがえる。俺もまだ親父のことが怖い。
「そう固くなるな、肩の力を抜け。」
俺が緊張しているのを見越したように親父が告げる。とは言うものの、肩の力など抜けるわけはなかった。
「っ……話ってなんだよ。」
「……私が倒れたとき、確かに言ったな……6代目としてこの家を継ぐと。」
「……言った。」
「本気で継ぐのだな……この家を。その覚悟はあるか。」
「っ……。」
俺は迷った。正直に言ってしまえば、継ぐことは考えたくない。しかし、言ってしまったことはもう取り返しがつかない。
「……俺は……この家を継ぐ。」
「後戻りは出来んぞ。敵も多いこの世界へ入れば、逃げ出すことも出来なくなる。最後までやり通さなければならない。お前は死の恐怖に耐えることが出来るか?死と引き換えにこの家を、組を守ると言えるか?」
「っ……もうやるしかねぇだろ……ここまで来たんだ。親父には育ててもらった恩がある。それを今更無駄には出来ねぇ。親父っ……。」
「……。」
「この家を……組を継ぐ。もう迷わねぇ。」
しばしの沈黙の後、親父は大きなため息をつく。その行動に俺はビクッと肩を上げた。
「……ここまで脅して引かないとはな。立派になったものよ。」
「っ……話って、このことか……?」
「そうだ。お前の覚悟を知りたかったのだ。私は様々なことをお前に言ってきた。ときには、残酷なことも言った。ここ最近はこの家から逃げて、何処かへ雲隠れしてしまうのではないかと心配だったのだ。だが……守るモノが出来ると人は強くなれる。それを見つけたようだな、向陽。」
「守るモノ……。」
俺の頭に浮かんだのは黒永の顔だった。何よりも大切なモノ。何にも変えられない大事な人。
「……ふふっ……今思い浮かべたのは、我々のことではないな。」
「っ……!」
また表情に出ていたみたいだ。こう何度も見透かされると、もう親父の顔が見れなくなりそうだ。
「……まぁ、お前がここを継ぐのであればそれでいい。これで私も、肩の荷が降りる。だが、お前が成人を迎えるまでは正式に継がせるつもりは無い。安心して学校生活を送るといい。」
「それじゃあ……これからはシノギとか、少しずつ増やしていったりとか……すんのか?」
「そのことに関してだが、お前の学業が終了するまでシノギを一切行わないことにした。もう卒業まで1年も無いだろう。お前の友と、思い切り楽しむといい。」
「っ……はぁぁ……なんだよ……そういう、ことかよ……。」
俺は肩の力が一気に抜けて、とても大きなため息が出た。これで、しばらくの間は組のことを気にしなくても済むと思うと、少し嬉しかった。縛られていたものから開放されたような開放感もある。そして今まで散々逃げてきたが、組を継ぐという将来の決意も決めた。
『……俺に……務まるんだろうか……。』
「……そんなに心配しなくても大丈夫だ。お前なら、やり遂げられるさ。」
「っ……なんで全部お見通しなんだよ。」
「ふふっ……これでもお前の親だからな。大抵のことは顔を見れば予想はつく。さぁ、黒永君が待っているのだろう。行ってやれ。」
「……チッ……うっせーな……分かってるっての。」
俺は顔を赤くしながら悪態をついた。立ち上がり、俺の部屋へと足を進めた。
「……まさか、お前の子が……私の子の友となるとはな……なぁ、雪光よ。」
親父は俺の姿が見えなくなったあと呟いた。左胸に手を当て、その場所を軽くさすった。
「この傷が、癒えることはないだろうな。彼自身の……心の傷も。」
────黒永 雨視点
「……あの盛重さん。」
俺は長い渡り廊下を歩いている。美しい中庭が、月の光で幻想的な風景となっていた。
「はい、なんでしょうか?」
「あの……全然関係ない話なんすけど、盛重さんって……敬語苦手なんすか?」
「っ……よく、分かりましたね……こういう職業につくと、なにが正しい言葉遣いなのか……よく分からなくなってしまうんですよねぇ……でも、なんでそんなことを?」
「初めて会ったとき……っていうか電話越しで、すごい馴れ馴れしく話す人だなーって思ったんすよ……あ……すいません。」
「いえ、正直なのはいいことですよ。」
「……あんまり考えずに、思いついたことそのまんま言っちゃうから……。」
俺は少しうつむいてしまう。俺自身も、敬語は得意ではない。むしろ敬語を使おうすると、余計に失礼な言い方になってしまうことがある。ところが、盛重さんは俺に微笑んでくれた。
「包み隠さず言うことは……ときに、周りの人を傷付けてしまうかもしれません。けど、隠し事をされるよりは……だいぶ気が楽じゃありませんか?」
「……そう言ってくれると、嬉しいっす。」
「うんうん、素直素直。若も、態度では素直なんですけど……口では全然違うこと言って……言葉遣いが悪いのはもう仕方がないかもしれませんが、口より先に手が出てしまうのはどうかと……。」
「あー……すごい分かるっす。」
「でも、照れ隠しっていうのがまた、可愛らしいところでもあるんですけどねぇ……。」
「……。」
『激しく同意っ!あぁもう……可愛い……っ!!』
俺はコウの顔を想像して、頭の中で可愛いを連発する。すると盛重さんはビクッと肩を震わせ、口ごもりながら言った。
「っ……あのっ……すみません、可愛いっていうのはその……保護者的な意味でそういう、あの……そういう意味じゃ……ごめんなさい……。」
「えっ……なんで謝るんすか?」
「えっ……睨んでるんじゃ、ないんですか?」
自分では顔が緩んでしまっていると思っていたが、逆に睨んでいるような顔になってしまうらしい。
「……睨んでるように、見えたんすか……てっきり、顔緩みまくってるかと……。」
「嘘っ……怒ってるんじゃ……ないんですか?」
「いや……めっちゃ頭ん中で可愛い連呼してたんすけど……。」
盛重さんは驚いた顔をしたあと、プッと吹き出す。眉がハの字に垂れ下がり、緩んだ口元がまるで子供のようだった。
「ふふっ……黒永君は素直な分、態度で示すのが苦手みたいですね。ちょっと不器用なところが、可愛らしいですね。」
「っ……笑わないで、ください……可愛くないっすよ……。」
「そうですか?不器用な人を可愛らしいって思うのは、いけないことですか?若にもそういうところがあるから、皆さんに好かれるのだと思っています。そして勿論、黒永君も。」
そう言うと盛重さんは俺の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。珍しく俺よりも背の高い人から、こんなにも優しくされるのは久しぶりで、心が温かくなるのを感じた。俺よりもゴツゴツとした手は、思った以上に力強くて優しかった。
「盛重さんって……なんでこんなにいい人なのに、ヤクザやってるんすか?」
「えっ……。」
「こんなに優しくて強くて、いい人なのに……もったいないなって……なんでなんすか……?」
「優しくて強い……いい人……ですか……。そんな風に言われるのは初めてですね……嬉しいです。でも……生まれたときからここの家のことしか知りませんでしたら……あまりこの仕事以外のことは……。」
「っ……ごめん……。」
「ふむ……この場に体験者は3人いる。私が話した内容に、嘘や偽りは無い……と思われる。盛重の話もな。死の恐怖を体験したあとは、事実を歪めたがるのが人の弱さであり強さだ。なにも恥じらうことはないぞ。」
「……組長さん……。」
「包み隠さず話すのは勇気がいる。そして、腹を割って話しが出来るということは、その恐怖を乗り越えようとしている証拠。黒永雨君、君は充分に強い子だ。」
「っ……ありがとう、ございます……。」
「そして向陽……この場にいるということは、黒永君の痛み、苦しみ、悲しみを共有することになる。しかし、目を背けてはならない……しっかりと耳を傾け、共に痛みを分かち合うのだ。友ならば、そうするべきだろう?」
親父の言葉は強く深く耳に響き、心に響いた。そして改めて思う。
「……俺の周りにゃ……すごい人がいっぱいだ……。」
「えっ……?」
「……あっ……!」
俺は出てしまった本心を隠すように手で口元を塞いだ。すると、親父とシゲが嬉しそうに笑う。黒永は口が緩み、開いた口がふさがっていない。
「そうかそうか……すごい人か……それはまた可愛らしいことを言うな。」
「正直で、真っ直ぐな答えですね……思わず笑顔になってしまいますよ。これだから、若は皆さんから愛されるんですよ。私も、組長も……黒永君からも。」
「っ……もう、黙れ……!」
2人の言葉が顔に熱を送る。俺は両腕で顔を隠すように覆う。チラリと黒永の方を見ると、微かに微笑んでいた。
「っ……見んじゃねぇ……。」
「……コウ。」
黒永は俺の頭に手を乗せ、優しく撫でる。
「ありがとう……話、聞いてくれて。」
「……おう……こっちも……あり、がと……。」
「……ふむ……2人は友以上の関係だったのか……?」
「っ!?」
突然の虚を突く言葉に俺の心臓は跳ね上がる。それは親父の隣にいたシゲも、俺の隣にいる黒永も同じだろう。
「おお、当たってしまったようだな。そして、盛重……お前も知っていたとはな。」
「っ……えと……その……。」
「はっはっはっ……なんともまぁ、喜ばしいことだ。しかしな、皆正直過ぎではないかね?」
俺達3人は黙り込んでしまった。なにも言い返せないからだ。
『全く……図星だよチクショウ……!なんでみんな察しちまうんだよ親父は!』
「おっと、話がだいぶそれてしまったな。だが、この和やかな雰囲気を壊したくはないな。黒永君、君はひとり暮らしかね?」
「えっ……まぁ……はい。」
「君の都合がよければこの家に、1晩泊まらないか?」
「……えっ!?」
「はぁっ!?」
「こんな話を聞いて、1人きりというものは辛かろう。向陽も、喜ぶだろうしな。」
「ちょっ、待て親父っ!流石にそれはダメだろ!なんかこうっ……ダメだろ!!」
俺はうまい言い訳が見つからず、自分でも何を言っているのかさっぱり分からない。
「ん?向陽は嫌なのか?」
「嫌っ……じゃ、ねぇけど……でもっ……そんな、いきなりじゃ……悪いだろ。」
「……いいんですか?泊まって……迷惑じゃ……ないんすか?」
「構わん、部屋は多くある。どうせなら向陽の部屋でもいい。ひとり部屋には大きすぎるくらいだからな。」
「そうだけどよ……!」
「どうだね?黒永君。」
黒永はしばらく考え込むと、顔を上げた。
「っ……じゃあ……今夜1晩、泊めさせてもらいます……。」
『っ……マジかよっ……!』
「うむ。では、部屋をどうする?向陽と同室にしておくか?」
「お、お願いします……。」
話がまとまったところで、親父はまたお茶を口にした。
「盛重、黒永君を向陽の部屋へ案内してやれ。向陽とまだ話がある。」
「っ!?」
『話って……なんだ……?』
「分かりました。では黒永君、こちらへどうぞ。」
「っ……シゲっ!!部屋の物あんまし触らせんじゃねぇぞ!!」
「了解ですっ。」
「そんなに慌てなくても、なにも触らねぇよコウ……。」
「まぁまぁ、年頃なんですよ若は。ほんと若いっていいですよねぇ。」
「……若だけにな。」
「うっせぇなっ!テメェの隣にいるヤツも年頃の男子高校生だっつぅの!なに年寄りみてぇに話してんだっての!!つーか!お前もノッてんじゃねぇ!!うまいこと言ったみてぇな顔をすんな!!」
俺は思わず立ち上がり、2人に向かって叫んだ。2人は黒永の発言に口元を抑え、笑いをこらえていた。
「……向陽、そう熱くなるな。座れ。行っていいぞ2人共。」
「では、失礼します。」
「じゃあ、後で……部屋で待ってる。」
2人は、俺の部屋へ向かっていった。俺は親父と2人きりになる。またあの恐怖がよみがえる。俺もまだ親父のことが怖い。
「そう固くなるな、肩の力を抜け。」
俺が緊張しているのを見越したように親父が告げる。とは言うものの、肩の力など抜けるわけはなかった。
「っ……話ってなんだよ。」
「……私が倒れたとき、確かに言ったな……6代目としてこの家を継ぐと。」
「……言った。」
「本気で継ぐのだな……この家を。その覚悟はあるか。」
「っ……。」
俺は迷った。正直に言ってしまえば、継ぐことは考えたくない。しかし、言ってしまったことはもう取り返しがつかない。
「……俺は……この家を継ぐ。」
「後戻りは出来んぞ。敵も多いこの世界へ入れば、逃げ出すことも出来なくなる。最後までやり通さなければならない。お前は死の恐怖に耐えることが出来るか?死と引き換えにこの家を、組を守ると言えるか?」
「っ……もうやるしかねぇだろ……ここまで来たんだ。親父には育ててもらった恩がある。それを今更無駄には出来ねぇ。親父っ……。」
「……。」
「この家を……組を継ぐ。もう迷わねぇ。」
しばしの沈黙の後、親父は大きなため息をつく。その行動に俺はビクッと肩を上げた。
「……ここまで脅して引かないとはな。立派になったものよ。」
「っ……話って、このことか……?」
「そうだ。お前の覚悟を知りたかったのだ。私は様々なことをお前に言ってきた。ときには、残酷なことも言った。ここ最近はこの家から逃げて、何処かへ雲隠れしてしまうのではないかと心配だったのだ。だが……守るモノが出来ると人は強くなれる。それを見つけたようだな、向陽。」
「守るモノ……。」
俺の頭に浮かんだのは黒永の顔だった。何よりも大切なモノ。何にも変えられない大事な人。
「……ふふっ……今思い浮かべたのは、我々のことではないな。」
「っ……!」
また表情に出ていたみたいだ。こう何度も見透かされると、もう親父の顔が見れなくなりそうだ。
「……まぁ、お前がここを継ぐのであればそれでいい。これで私も、肩の荷が降りる。だが、お前が成人を迎えるまでは正式に継がせるつもりは無い。安心して学校生活を送るといい。」
「それじゃあ……これからはシノギとか、少しずつ増やしていったりとか……すんのか?」
「そのことに関してだが、お前の学業が終了するまでシノギを一切行わないことにした。もう卒業まで1年も無いだろう。お前の友と、思い切り楽しむといい。」
「っ……はぁぁ……なんだよ……そういう、ことかよ……。」
俺は肩の力が一気に抜けて、とても大きなため息が出た。これで、しばらくの間は組のことを気にしなくても済むと思うと、少し嬉しかった。縛られていたものから開放されたような開放感もある。そして今まで散々逃げてきたが、組を継ぐという将来の決意も決めた。
『……俺に……務まるんだろうか……。』
「……そんなに心配しなくても大丈夫だ。お前なら、やり遂げられるさ。」
「っ……なんで全部お見通しなんだよ。」
「ふふっ……これでもお前の親だからな。大抵のことは顔を見れば予想はつく。さぁ、黒永君が待っているのだろう。行ってやれ。」
「……チッ……うっせーな……分かってるっての。」
俺は顔を赤くしながら悪態をついた。立ち上がり、俺の部屋へと足を進めた。
「……まさか、お前の子が……私の子の友となるとはな……なぁ、雪光よ。」
親父は俺の姿が見えなくなったあと呟いた。左胸に手を当て、その場所を軽くさすった。
「この傷が、癒えることはないだろうな。彼自身の……心の傷も。」
────黒永 雨視点
「……あの盛重さん。」
俺は長い渡り廊下を歩いている。美しい中庭が、月の光で幻想的な風景となっていた。
「はい、なんでしょうか?」
「あの……全然関係ない話なんすけど、盛重さんって……敬語苦手なんすか?」
「っ……よく、分かりましたね……こういう職業につくと、なにが正しい言葉遣いなのか……よく分からなくなってしまうんですよねぇ……でも、なんでそんなことを?」
「初めて会ったとき……っていうか電話越しで、すごい馴れ馴れしく話す人だなーって思ったんすよ……あ……すいません。」
「いえ、正直なのはいいことですよ。」
「……あんまり考えずに、思いついたことそのまんま言っちゃうから……。」
俺は少しうつむいてしまう。俺自身も、敬語は得意ではない。むしろ敬語を使おうすると、余計に失礼な言い方になってしまうことがある。ところが、盛重さんは俺に微笑んでくれた。
「包み隠さず言うことは……ときに、周りの人を傷付けてしまうかもしれません。けど、隠し事をされるよりは……だいぶ気が楽じゃありませんか?」
「……そう言ってくれると、嬉しいっす。」
「うんうん、素直素直。若も、態度では素直なんですけど……口では全然違うこと言って……言葉遣いが悪いのはもう仕方がないかもしれませんが、口より先に手が出てしまうのはどうかと……。」
「あー……すごい分かるっす。」
「でも、照れ隠しっていうのがまた、可愛らしいところでもあるんですけどねぇ……。」
「……。」
『激しく同意っ!あぁもう……可愛い……っ!!』
俺はコウの顔を想像して、頭の中で可愛いを連発する。すると盛重さんはビクッと肩を震わせ、口ごもりながら言った。
「っ……あのっ……すみません、可愛いっていうのはその……保護者的な意味でそういう、あの……そういう意味じゃ……ごめんなさい……。」
「えっ……なんで謝るんすか?」
「えっ……睨んでるんじゃ、ないんですか?」
自分では顔が緩んでしまっていると思っていたが、逆に睨んでいるような顔になってしまうらしい。
「……睨んでるように、見えたんすか……てっきり、顔緩みまくってるかと……。」
「嘘っ……怒ってるんじゃ……ないんですか?」
「いや……めっちゃ頭ん中で可愛い連呼してたんすけど……。」
盛重さんは驚いた顔をしたあと、プッと吹き出す。眉がハの字に垂れ下がり、緩んだ口元がまるで子供のようだった。
「ふふっ……黒永君は素直な分、態度で示すのが苦手みたいですね。ちょっと不器用なところが、可愛らしいですね。」
「っ……笑わないで、ください……可愛くないっすよ……。」
「そうですか?不器用な人を可愛らしいって思うのは、いけないことですか?若にもそういうところがあるから、皆さんに好かれるのだと思っています。そして勿論、黒永君も。」
そう言うと盛重さんは俺の頭に手を乗せ、優しく撫でてくれた。珍しく俺よりも背の高い人から、こんなにも優しくされるのは久しぶりで、心が温かくなるのを感じた。俺よりもゴツゴツとした手は、思った以上に力強くて優しかった。
「盛重さんって……なんでこんなにいい人なのに、ヤクザやってるんすか?」
「えっ……。」
「こんなに優しくて強くて、いい人なのに……もったいないなって……なんでなんすか……?」
「優しくて強い……いい人……ですか……。そんな風に言われるのは初めてですね……嬉しいです。でも……生まれたときからここの家のことしか知りませんでしたら……あまりこの仕事以外のことは……。」