「────客人を乗せて走るのは、久しぶりです。黒永君、乗り心地はいかがですか?」

「……思ったより静かで、あんま揺れないんすね。」

俺の家までの道のりで、シゲは黒永との会話を楽しみながら運転する。俺と黒永は後部座席で隣合って座った。さっきまでの恐怖を忘れ、2人のやりとりを聞いて楽しんでいた。

「そうですか。何かお飲み物でもいかがですか?備え付けの冷蔵庫に幾つかジュースが入ってるはずなので、お好きなものをどうぞ。」

「あ、いや、そんな……。」

戸惑いを見せる黒永を見るのは面白かった。高級車に乗ることが初めてなのか、少し緊張しているように見える。

「あ、そうだ。シゲー。冷蔵庫何入ってんだ?確かもう客用の酒しか入ってなかった気がすんぞ?」

「いえ、この前買い足しておいたのであるはずです。確か……メロンソーダとジンジャエールとコーラと……。」

「メロンソーダあんの!?うっしゃ!」

俺はメロンソーダが昔から好きだ。飲み物の中で1番好きだ。喜んで冷蔵庫を開け、メロンソーダを取り出した。コップを棚から取り、グリーンの液体を注いだ。

「……可愛いな……メロンソーダ好きとか……。」

「っ……え?」

「いや、なんでもない。」

小さな声で呟いたその言葉は、俺には聞こえなかったが、シゲには聞こえていたようで、ふふっと笑う声が聞こえた。

「なんだよ……なぁ、なんて言った?」

「なんでもないっての……気にすんな。」

「教えろっての!さもねぇと、メロンソーダ鼻から入れんぞ。」

「っ……分かったから、分かった……言うよ……。」

一息おいて、黒永は口を開く。

「さぁ、白状しろ。」

「……可愛いって言ったんだ。メロンソーダ好きとか可愛いなって……悪いか。」

「なっ……なに言ってんだよテメェはっ!」

恥ずかしくなって、俺は黒永の足を蹴った。

「いてっ……だから言うの嫌だったんだよ。恥ずかしくなると、絶対なんかするだろお前。」

「はははっ。本当に仲がよろしいんですねお2人は。まるで、兄弟や恋人同士のようです。」

シゲのこの一言に俺達は騒ぐのをやめた。

「……話す……のか?」

「……シゲなら、大丈夫だろ。」

「えっ……なんですか、急に……。」

黒永と目を合わせ2人でうなずくと、俺は切りだした。

「あー……シゲ、改めて言う。俺のす……好きな……人……こいつ。」

「改めて、コウとお付き合いさせていただいてます。黒永雨っす。」

「え……ええええっ!??」

シゲは大声を上げてバックミラー越しに俺達を見る。

「えっ!?えっと……おめでとうございますっ!?いや違うっ……えっ…あの……若の、すっ、好きな人……えっ……じゃあ……。」

シゲは混乱した状態で質問をしてくる。

「若が、最近元気なかったのは……恋で悩んでたってことですか?」

「まぁ……そういうことになるな……そんなに落ち込んでたか?」

「はい……だいぶ……。」

「……っ……聞きてぇことはそれだけかぁ?」

「えぇっ!?え〜っと……大変お聞づらいことなんですが……あの……き、キスとかは……もう……したんですか?」

「グッ────っ!!ゴホッゲホッ……はぁっ……そっ……そこ聞くのかよっ!!」

俺は飲んでいたメロンソーダが気管に入ってむせた。黒永が心配して背中をさすってくれた。

「おい大丈夫かコウ。」

「っ……大丈夫だ……つーかシゲ!人が飲み物飲んでるときにそういうっ……そういうこと聞くんじゃねぇっての!!」

「すっ、すみませんっ!……でも……気になるじゃ、ないですか……最近の若者の恋愛事情は、私には理解しかねます……。」

「……キス……しちゃダメなんすか……?」

顔を赤らめてシゲに言うその恥じらう姿に、俺の心拍数は跳ね上がった。しゅんと小さくなった黒永のその可愛らしい姿にハートを射抜かれた。

『かっ……可愛いっ!!』

「だっ……ダメじゃ、ない……です、けど……。」

つられてシゲも顔を真っ赤にする。

「だって、好きなんすもん……それくらい……いいじゃないすか……。」

『もんって……もんってお前っ!!』

俺はメロンソーダを飲むことが出来なくなった。

「まっ、まぁ!お2人が仲良くて安心しました!こ、この話はここで終わりにしましょう!」

「……はい……。」

「っ……!!!」

『もーなんなの!?可愛すぎかっ!!』

黒永は右腕で顔を覆い、小さな声で返事をした。髪から見える耳は真っ赤だった。俺は黒永の仕草1つ1つに絶句した。

「……あの、黒永君。もしよろしければ、これが終わったら貴方の家まで送ろうと思っているのですが、いいですか?」

「えっ?いや、大丈夫っすよ。そんな遠くないし、申しわけないっすよ……こんな高い車でなんて……。」

「そんな遠慮なさらないで下さい。若の大切なお方なんですから、それくらいさせて下さいよ。貴方の家は、どこら辺ですか?ご家族にも連絡しておきましょうか?」

「っ……いえ、ほんとに大丈夫っす……俺、家族は……。」

黒永はここまで言うと口をつぐんだ。黒永の家族がもうこの世にはいないことをシゲは知らない。俺は察しろとばかりにシゲを睨んだ。

「っ……シゲ……。」

「あっ……これは大変申し訳ないことを……誠に申し訳ありませんでした。とんだ無神経なことを……。」

「いや、居ないもんは居ないんで……別に……。」

一気に静かになる車内。重く気まずい空気が漂う。

「あの……無礼を承知でお聞きします。貴方はあの黒永グループ、黒永雪光様の息子さんですか?」

「えっ……どうして、親父を知ってるんすか……名前の公表は、してないはずなのに……。」

「……あの大火災で、かなり大々的に報道されましたからね……それに……申し上げにくいことに、黒永グループとは少しばかり関わりがありましたし……。」

「なっ……どういうことっすか……それ。」

俺も初耳だった。まさか、過去に俺の組が黒永の親と関わっていたとは知らなかった。黒永は次々と浮かんでくる疑問を、シゲにぶつけた。

「関わりがあったって……どこでそんなこと……。」

「これは……私からの口では、荷が重過ぎます。私からこのことを申しても良いのか……あれからかれこれも3年経ちますし、真相は闇に葬られたまま。……と言うことは、貴方が最後の生き証人ってことですか……。」

「最後の……生き証人……。」

俺は小さく呟いた。壮大なスケールの黒永の過去を聞き、俺は気まずくなった。黒永から少し話は聞いていたが、この話の深いところは、まだはっきり分からない。この話を最後まで聞いてしまうのは、なんだか気が引ける。

「じゃあ、盛重さんも……親父と何か関わっていたってこと……?」

「……はい。実際に何度か、お会いしたことがあります。」

「盛重さんは、何で関わっていたんですか……。」

「……。」

シゲは黙り込んでしまった。前を見据えてミラー越しにこちらを見ることをやめた。

「……盛重、さん?」

黒永がそう呟いたとき、車が止まった。

「……着きました。」

窓を見ると、いつものどでかい門がそびえ立っている。俺の家に着いた。親父への恐怖が蘇ると同時に、黒永の過去への疑問が頭に浮かぶ。こんなにも、自分の家へ帰るのが恐ろしいのは久しぶりだった。

「さぁ、どうぞ。」

「……雨、親父に聞け。」

「えっ……?」

「俺親父なら……全部話してくれるはずだ。だから、俺の話、終わるまで待ってて…くれるか?……すぐ終わらせるから……。」

話しながらまた震えてしまう。黒永は心配して俺の頬を撫でる。黒永のひんやりとした手が触れ、熱くなった頬を冷やす。

「若、黒永君……では、行きましょう。」

俺らは重い足取りで、木製のどでかい門をくぐった。

「────押忍っ!お疲れっす若っ!百目鬼さんっ!」

ゴロツキのような柄の悪い集団が、列を成して俺達を迎え入れた。そいつらは除け者のように黒永見る。しかし黒永の顔は車の中にいるよりも落ち着いて見える。ましてや、いつもより恐ろしげに見える。眉を釣り上げ、口を固くつぐんだその表情は、俺よりも極道という言葉が似合っている。隣で俺が唾を飲み込む音が、黒永に聞こえないだろうか。

「……何見てんだ。」

黒永は威圧的な目をし、いつもよりも数段低い声で列の連中を脅す。列のヤツらは、顔の傷跡のせいか少し怯んでいるようだった。俺らが通り過ぎたあとに小声で話すのが聞こえる。

「……今の顔見たかよ……!」

「おっかねぇ顔してやがったなぁ……。」

「若と同じ制服だぞ……ありゃ本当に高校生か?」

黒永は下っ端共の話をスルーし、家の敷居をまたいだ。玄関を抜けて、客間へと向かう。客間には俺の母親がソファーへ腰掛けている。俺達が来たのに気がつくと、立ち上がりお辞儀をした。

「あっ……おかえりなさい、コウちゃん。それと、コウちゃんのお友達ね?わざわざコウちゃんの為に来てくれたのね。こんなところまで、こんな物騒な家に……ありがとうございます。」

「あ……こちらこそ、どうも……。」

黒永は肩の力を抜くように表情を緩めた。先ほどの顔は、周りのヤツらへの威圧だったのだろう。それとも強がりか?どちらかは分からないが、周りを騙す演技であったことには変わりない。いつもの黒永に戻り、俺も肩の力が抜ける。

「……母さん、ちゃんずけで呼ぶのはもうよしてくれよ……もう小学生じゃねぇんだから……。」

「ふふっ……いつまでたっても、貴方は私の大切なコウちゃんよ。」

「っ……分かってっからそんなん……。」

この親子のやり取りに、黒永とシゲは笑みを浮かべている。俺は顔にまた熱が帯びるのを感じた。

「では、黒永君はここで椿さんとお待ちください。若……行きましょう。」

「……おう。」

「……コウ、こっち……。」

「な、んだよ……。」

黒永は俺の腰に手をまわし、額同士をコツンとぶつけた。頭を撫でられて、顔に火がつくように熱くなるのを感じた。ゼロ距離にある黒永の顔に、心拍数は跳ね上がった。

「……頑張れ。」

「っ……あり、がと……。」

2人だけの世界に入った俺と黒永は、母さんとシゲがその場にいることを忘れ、しばらく抱きあい頭をなでられていた。

「……百目鬼さん。これは、コウちゃんの恋の始まりってことで……いいのかしら?」

「えっ!?……はぁ……まぁ……そういうことに、なりますね……。」

2人は、耳打ちをしながら俺らのことをまじまじとみる。シゲは頬を染めて母さんに告げた。

「というか……もうお付き合いなさっているようなんです。」

「あらまぁ……コウちゃんにも春が来たのねぇ。」

「若も、顔つきが柔らかくなったと言うか……さらに優しく素直になりましたよね。」

「ふふっ、どんどん可愛くなっていくわね。」

母さんは優しい笑顔で笑うが、少しうつむくと暗い顔をした。

「……こんな家じゃなかったら、あの子はもっといい子になれたはずなのに……私達のせいで、暗い裏の世界を見せなければならないのが辛いわ。……いつか、この家を継ぐとき、私はあの子が……冷酷で残忍な人になってしまうのを見たくない……。」

「……若に、明るい未来を見せたいのは私も同じです。保護者として当然の思いです。」

「でもあの人はっ……いつまで甘い考えをしていると言うわ……人として当然のことを捨て去るようにと、子供の頃から教え込むのを……やめて欲しい……あの子が、可哀想なのよっ……!」

「っ……椿さん……。」

涙を浮かべる母さんは、着物の裾で口元を抑えて涙をこらえた。シゲはどうすることも出来ずに、その場に立ち尽くしている。

「……母さん……なんで、泣きそうなんだよ……。」

「っ……!」

俺は母さんの様子が目に映り、近くまで来た。母さんは驚くが、何事も無かったように微笑み、俺の頭を撫でる。

「……なんでもないわ……私は応援することしか出来ないけど、コウちゃんは強い子よ。頑張ってね。」