俺も中指を立てて舌を出し、大葉のことを大いに挑発した。悔しがる大葉と腹を抱えてゲラゲラ笑う田代を見て、俺は満足げに鼻から息を出した。

「……お前は、サラッと……すごいことを言うなぁ……。」

俺の後ろで手で顔を隠し、ため息混じりに言う黒永。

「はぁ……?」

「……あぁ!まぁまぁまぁ!なんともラブラブなこったねぇ!ホントに羨ましい限りですなぁ!!」

「何言って……。」

「『俺にはいるけど、テメェにはいねぇ!』みたいなこと言ってたじゃ〜ん!まぁまぁ!お熱いこったぁ!」

ウヒヒヒっといたずらに笑う田代と、未だに顔を上げられない黒永。大葉はハッと気が付き、ニヤニヤとこちらを見てくる。理解していないのは俺だけのようだ。

「……へ?」

「……分かんねぇなら、それでいいから……っていうか、思い出すな……もういろいろ……腹いっぱいだ。」

「ヒャーwwwマジで分かんねぇのかよ!」

「ふはっ、これだからバカップルは面白いんだ。」

「えぇ……?」

いくら考えても思い出せないが、黒永の顔がほんのりと赤くなっているのを見て、また俺は爆弾発言でもしたのだろうと理解した。

「まぁまぁ!いろいろあって大変だったけどよ、もう帰ろうぜ!なんせもう下校時間とっくに過ぎてっし!」

「うぉマジか。もうそんな時間かよ。おら、ちゃっちゃと帰んぞ、デカちびヤン受けバカップル(笑)。」

「あぁん!?それどういう意味だっての!!馬鹿にしてんのか!!」

「……馬鹿にされてんだよ。ほら、帰るぞコウ。」

手を引かれ、校門へと向かった。

「なぁ雨、1つ聞いてもいいか?」

「なんだ義継。」

「……すごく言いにくいことなんだが……。」

「……何を聞きたい。」

大葉はバツが悪そうに口ごもる。隣にいた俺は居心地の良いものではなかった。しかし、大葉の発言に思わず吹き出してしまいそうになる。

「ここで言うのもあれなんだが……。」

「……。」

「お前は、マジで……コウとヤりたいと思ったりすんのか?」

「……え。」

『何聞いてんだよこの馬鹿っ!!俺が隣にいること忘れんなよ!!』

戸惑いを見せる黒永と、ゆでダコのように真っ赤になる俺を無視し、大葉はお構いなく話を続けた。

「いやね、男同士するんだと、かなりの負担とかあるし……真面目な話、俺の姉貴に相談してみろよ。ガチでその気があるならな。」

「……お、う……?」

「……あ、姉貴がいること話してなかったな。俺の姉貴、腐女子でそういう話にめっちゃ食いついてくるから、もしアドバイス欲しかったら言えや。本とかもあるし。結構役立つと思うぞ。」

『いやいやいや!戸惑ってるのそこじゃねぇしっ!!つーか変なこと吹き込むんじゃねぇっての!!』

「なになに〜?なんの話してんの?」

『テメェは入ってくんな百!!』

俺は我慢できずに声をあげた。

「だあぁあぁぁあ!!なにほざいてんだよお前はぁ!!聞いてるこっちが恥ずかしいわ!!よくそんなこと普通に言えるなチクショウっ!!マジ勉強できる馬鹿なの!?変態かよマジで!!」

聞くに耐えられない。俺はわめき散らすように大葉へ罵声を浴びせた。大葉はしれっとした顔で俺を見る。黒永はフリーズして頭からは煙が出ているようだ。理解が追いついてないように見える。俺は大葉の胸ぐらに掴みかかった。

「なに騒いでんだ。お前らの為を思って言ってんのによ。こりゃガチな話だぜ。どっちがネコになるにしろ、身体壊されちゃたまんないからな。」

「騒ぐも何もそんなことよく平然と言ってられんな!!つーか余計なお世話だっての!!だいたい、なんでテメェにそんなアドバイスされなきゃならねんだ!!」

「……ま、まぁコウ……義継なりにいろいろ、考えてくれてるんだろ……な。正直、そこまでのことは……考えてなかったけど……。」

「……ふ〜ん?な〜んとなく話見えてきた気もするけどっ、ここはあえてフォローも助言もしねぇよ!」

しかし田代は黒永の肩に手を置き、ニヤリと笑いかけた。

「嘘っ♡本能に従って腰立たなくなるまで掘っちまえ♡」

「……えっ……ほ……?」

「そうだそうだーコウなんて犯しちまえー。」

いつの間にか俺の手を逃れて黒永の隣にいる大葉。2人して俺らのことをいじり倒す。黒永は完全に思考停止してしまい、俺は恥ずかしさと怒りでわけが分からなくなってきた。もう自分でも何がしたいのか分からない。

「はぁぁ……もう疲れた……。」

校門を出て、いつぞやの公園でたむろってる。ベンチに腰掛け、先程から続く男子高校生の卑猥な会話をする。2人からのヤレヤレコールはまだ鳴り止まない。

「……追いつかん……もうついて行けない……俺は、理解力が足りない、のか……?」

「うへへへ〜い!戸惑ってる戸惑ってるぅ!」

「ふははっ、ざまぁねぇぜ。」

「テメェら……!」

すると、ケータイのバイブ音が鳴り響いた。

「ん?」

「おっ?誰から?」

「……シゲ?」

「盛重さん?」

「……おう、シゲ。なんだ。」

『────若、今どこに?』

「あぁ、今は学校近くの公園。なんだよ、なんか用か?」

シゲは少し口ごもった。シゲが口を開くと、俺はショックでケータイを落としそうになる。

『……組長が……若のお父様がお呼びです。』

「……え……。」

心拍数は一気に跳ね上がる。息が詰まりそうだ。蘇る悪夢が俺の首を締め、不安と恐怖が頭の中を占める。

「な……なん、で……お、俺…は……。」

『どうか……落ち着いて聞いてください。組長はあなた直々に話があるそうです。迎えに行くよう言われました。今から迎えに行きます。そこでお待ちください。』

「……っ……分かった……。」

震える弱々しい声で返事をすると、ケータイはブツっと音を立てて切れてしまう。その音が、俺には心の鎖が切れる音に聞こえた。

「おいコウ、どうしたってんだ?」

「何?誰からだったんだ?」

「……コウ……お前、大丈夫か……?」

ドクン、ドクンと耳に響く重みのある胸の鼓動は、さらに恐怖心をあおり、脳にはアラームが鳴り響き、その緊張感は呼吸を浅くさせた。苦しくて、辛くて、俺は胸に手を当てて、強く握りしめた。

「……っ…はっ……はっ……だ、大丈夫…だ……。」

「コウっ……大丈夫なのか?本当に……平気、なのか……?」

「……。」

「おい……!」

「……っかんねぇ……。」

俺は今にも泣きそうで、めまいに似たものが襲う。まるで麻薬の禁断症状のように、あの悪夢がフラッシュバックを起こす。立っているのがやっとのことだった。

「……コウ……。」

「あ……あめ……。」

俺は黒永にすがるように袖を掴んだ。

「……っ……怖い………雨……。」

『助けて……。』

「……コウ。」

黒永は俺を引き寄せて抱きしめてくれた。ポンポンと頭を撫でて、なぐさめるように『大丈夫、大丈夫だ。』と言い続けてくれる。涙が出るよりも、恐怖で震えが止まらない。その様子を、大葉と田代は静かに見守っていた。

「……しばらく……1人でいる。」

震えも収まり、だいぶ落ち着いたところで離れたベンチに腰掛け、なぜ今になって呼ばれたのかを考えることにした。

「……コウのやつ……一体何が……。」

「あんなビビってるコウ見たの……今まであんなこと、なかった……見たことねぇよ……。」

「……悪夢でうなされて情緒不安定弱なときに、ショックなことでも知らされたのかもな。もしくは、過去のトラウマが蘇るようなことでも言われたのかも……。」

「……そうか……。」

3人はその場に黙り込んでしまった。俺は様々な考えを巡らせて、呼ばれた理由を探していた。

『……最大のシノギはもうこなしたはず、跡継ぎの儀も、16で済ませた……じゃあなんだ……もしかして……。』

「正式な……。」

『……代替わり。』

考えついたのは、俺が組長となり組を仕切る役につくということ。最近の親父近況報告によると、体調が優れずに床に伏せていると聞いた。なんでも、肺の病気とか。

「……はぁ……。」

『また高校卒業だから……とかわけ分かんねぇ理由つけられて、シノギ押し付けられたら……。』

自分の考えにゾクリと鳥肌が立つ。不安で不安で、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。しばらくすると、黒くて長い車が公園の前に止まった。まわりの空気が凍りつくのが分かる。車から、真っ黒なスーツに黒いシャツを着た人が運転席から降りる。

「……シゲ。」

「お迎えに参りました。……大丈夫ですか?顔色が優れないようですが……。」

「……平気、だっての……。」

「……若。」

シゲは俺の肩をガッシリ掴み、真剣な表情で告げる。

「若は大丈夫です。あなたは立派な四条家6代目、四条向陽です。恐れるものは何もありません。」

「っ……ありがとな、シゲ……。」

俺は自分に嘘をついた。本当はありがとうなんてこれっぽっちも思ってはいない。俺が何よりも望むのは、家族が、組が関わらない普通の日常。6代目という重荷を背負うことなく、学校での日々を送りたい。しかしその願いは、親父の権力には敵わない。諦めるしか選択肢はないと俺は悟った。

「……待ってください。」

俺がシゲに連れられて車に向かっているところを引き止める。

「俺も、一緒について行くことは……出来ませんか……。」

その声の持ち主は、黒永だった。

「……あ、雨っ……。」

「……君は、駅で助けてくれた子だな。なぜ無関係の君を連れていかなければならない。私達が、君とは無縁の極道の人間と分かっていて言っているのか?」

シゲはいつもの優しい顔ではなかった。仕事を遂行する極道の顔をしている。

「……分かってます。でも、無関係ではない。」

黒永はシゲの顔を真っ直ぐ見つめ、胸を張って言う。

「コイツは俺が守ると決めた!コウの恐れるものが、例え極道でも、世界でも、神だとしても守り抜く!俺はそう決めたんだ!」

「!」

「……少しでも、コウには幸せな人生を送ってほしい。恐れるものに立ち向かい足が動かないなら、俺が一緒になってぶつかりに行く。」

「っ……雨……。」

「……本当に命にかえても若を守るのか?生半可な覚悟では守りきれないぞ。私は、若が生まれてからずっと側にいる。強敵も潜むこの闇の世界は、そう簡単に抜けられないぞ。それでも、君はこの世界と関わりたいのか?」

「……死の恐怖と、大切な人を目の前で失うことは、既に経験してるんで。」

シゲは驚いた顔で黒永の顔を見る。黒永の表情は真剣そのもので、鋭い眼光でシゲを見る。不覚にも俺は、今までで最高にかっこいいと思ってしまった。

「……なんとまぁ、いい目をするじゃないか……その表情、君は只者じゃないね。」

「……。」

「……ここまで脅して引かない人は久しぶりだね。参ったな……。」

シゲはいつもの優しいシゲに戻っていた。

「私は押しに弱いんだ。」

「……じゃあ。」

「分かりました、貴方の熱意は伝わりました。一緒に参りましょう。」

「っ……はぁぁ……よかった……。」

安堵のため息をする黒永。その後ろには田代と大葉がいる。このやりとりに開いた口が塞がらない。

「っ……すっげぇ……。」

「っ……メッチャかっけぇ!コウっ!メチャクチャかっこよかったっ!!」

「あぁ……本気で殺されるかと思った。流石本職は違うな。」

凍りついていた空気が解れていく。俺もいつの間にか震えは止まり、呼吸も安定していた。

「……では、行きますか。お好きな場所にお座りください。」

「うおおっ!すっげぇ!リムジンの中初めて見たぁ!!」

田代は黒永が乗り込むときに、一緒になってのぞき込んできた。俺はいつも乗っている為そこまでの驚きもないが、よく考えれば普通の高校生がリムジンに乗る機会など、無に等しいだろう。黒永もあまり大きな反応をしていないように見えるが、キョロキョロと車内を見回しソファーを撫でる。もどかしいその様子は子供のようで可愛らしかった。