全てが終わりを告げる時

「本当の理由はね、

僕も、この学校の警備───いや、綾瀬実栗の監視をするからだよ」


告げられた内容に目を見開く



「……私一人では、力不足だというの?

……私は、不甲斐ないというの!?」


気付けば、叫んでいた


「違う、輝祈は十分強いよ」


慎也が静かに否定する


「ただこれは、輝祈を守るためでもあるんだ

僕達を知る、警視総監と自衛隊長が決定したことだよ

勿論、僕の意志でもあるし、柚希の願いでもある

拒否権は無い」



〝守る〟なんて、言わないで……



『誰にも守られることなく、逆に誰かを守れるように』


そう心の中で、ずっと誓ってきた


けれど、言葉遣いや能力などは、意味を成さなくて


『輝祈を、皆を、何があっても守る』


そう、何度も言われた


そして、私と関わった人間は……私を守ると言った人間は───

皆、戦いの中で亡くなっていった


戦いの最中、私を守るために、自らの命を投げ出した



こうして、警視総監や自衛隊長に言われるのは初めてで


今まで積み上げてきたものが、全て崩れていくようだった


進む先が、真っ暗になったようだった


誰もが、その命を落とす


暗に、そう告げられているようだった



「……ねぇ、慎也……」


発した声は、とてもか細いものだった
慎也は静かに耳を傾けている


「……綾瀬実栗の監視という任務は認めるわ

警視総監や自衛隊長の指示では仕方がないもの

けれど、私のことは守らないで

お願いだから……それだけは約束して……」


「……うん、分かった」


私の心情を読み取ってなのか、慎也は明るく了承した



「───さて、昼休みもそろそろ終わる頃だね

教室へ戻ろうか」


慎也がゆったりとした足取りで歩き出す


丁度横を通った時、私も踵を返し、隣に並んで歩き出した



「あーあ、教室へ戻ったら、また大勢に囲まれるんだろうなぁ

ねえ輝祈。 どうして人間は、新しいものに手を伸ばしたがるんだろうね?」


空気を変えようとしてくれているのだろう


慎也は困っているような、そして、ふざけるような口調で言った


その質問にクスリと笑みが漏れる


「あら、慎也は違うの?」


「いいや、僕も同じ種族だから、全くの別ものとは言わないよ

僕が得意とする勉強だって、その人間の〝好奇心〟からできているものだからね

でもさ、転校生だからといっても、ある程度のことは把握しているんだから、少しくらいは一人の時間が欲しいな」



やれやれ、と溜め息を吐く慎也を見て思う



彼がこの学校に来た理由が、たとえ仕事のためであるとしても、


世界を揺るがす危機の魔の手が、刻一刻と忍び寄っているとしても、


この平穏な時間が、ずっと続いていてほしい、と───
その夜、夢を見た


何度も夢で繰り返された、決して消えぬ記憶を


あの悪夢の続きを…………





゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚

誰からの記憶からも消された、嘗て我が家が存在した路地で、私は泣き続けていた


……その人に、話しかけられるまで



「───お嬢さん、こんなところで泣き崩れて、どうかしたのかい?」


頭上から、男の低い声が降ってきた


私の他にも、泣いている人間がいたのか


周りなど気にする余裕は無くて、気付かなかった


そう思いながら、ゆっくりと顔を上げると


「…………え……?」


周りに泣いている少女などおらず、男は確かに、
私を見つめていた
ーーーーーー



「どうして……私が、見えているの?」


男の紺色の瞳に、困惑した表情の自分が映し出される


「どうしてって、人間なんだから、見えるのは当たり前じゃ……

ああ、君はもしかして……」


男は不思議そうな顔をした後、何か心当たりがあるような口振りをし、そして……



「───君、雛桜家のあの二人の子かい?」


『雛桜』


男は、はっきりとそう言った



「っ!? ……何故、覚えている……?

雛桜を…………お父様と、お母様を……」



『これは〝力〟を持つ者以外から姿を見えなくする物』


不意に、お母様の言葉が脳裏を過ぎった
〝力〟を持つ者以外から……


つまり、この男は何かしらの術者なのだろう


姿が見える理由は判明した


しかし、何故、お父様とお母様を覚えているのか


あの文献には確かに、記憶から削除されると記されていたというのに……



「……君が得ているその情報は、もしかして、とある文献に記載されていたものではないかい?」


「そう、だけど……」


「なるほど。 実はね、あの文献は初期の物、つまり、少々古いんだよ。

だから、当時に解明されていなかったものは仮説として記されているし、間違いも含まれているんだ。

正しくは、『人間の記憶から削除される。但し、深く関わった人間を除いて』なんだよ」


「深く関わった……人間……」


私が繰り返すと、男はにこやかに頷く


「そう。 つまり、雛桜家と僕の家系は、深い関わりを持っているのさ」


そう口にした後、一度空を見上げた男


「そろそろ日が落ちる頃だね

ここにいては冷えるだろうし、詳しい説明をすることも兼ねて、僕の家へ行こう」


お父様とお母様を覚えていたことから、男が嘘をついていないことは分かる


こくりと頷くと、涙を拭い、立ち上がった


「……あ、そうそう、まだ名乗っていなかったね。

僕は王寺暁人(アキヒト)。 暁に人で、暁人だ。

よろしく頼むよ」


それが、私と王寺家の出会いだった
広々とした家の中


二人でテーブルを挟んで向かい合い、椅子に腰かける


テーブルに置かれた紅茶に一度口を付けると、男───王寺暁人は徐に口を開いた


「君の話は二人からよく聞かされていたよ

確か……輝祈、だったかな?」


「うん……はい」


何か大事な話だと悟り、姿勢を正し、口調を改めた


「僕の家系である王寺家と、輝祈の家系である雛桜家は、僕が生まれるよりもずっと前から、とある仕事で繋がっているんだよ」


「とある……仕事?」


「言うなればそれは……

『特殊な力を持つ者にしかできない仕事』かな」


優しげな微笑を浮かべながら、王寺暁人は続ける


「陰陽師、というものを輝祈は知っているかい?

妖怪退治であったり、占いであったり、呪術であったり……

様々な術───陰陽術によって、人に幸せをもたらし、時には不幸をもたらす

そんな術者のことを、人はそう呼ぶんだよ」


陰陽師……


頭の中で反芻する


「そして、魔法使いである雛桜家と、陰陽師である王寺家は、人々を危機から救うための組織を作り上げた

両家の者は、先代が亡くなると、自身が当主となり、この組織へ加入することになっている」


そこで、一つの疑問が浮かんだ私は、口を開く


しかし、私が言葉を発する前に、王寺暁人はその疑問に答えた


「先代が長生きをしたら、次期当主が加入するのは年老いてからになるのでは?

そう思っただろう

でも、そんな心配は無用なんだよ

何故なら、この仕事をしている限り、そう長くは生きられない運命だから」
『それほどまでに、危険を伴う仕事なんだ』


先程までの微笑が姿を消し、その寂しげな表情が、そう語っていた



当主が亡くなり、世代が移り変わる───その繰り返しを、

両家の者は、それぞれ見てきたのだろう


そして、王寺暁人も例外ではなく、お父様とお母様が死にゆく姿を、どこかで見ていたのだろう


胸が矢に貫かれたような痛みを覚えた



「……今回の盛大で最悪な魔女狩りはね、一人の老婆によって起きてしまったことなんだ」


「───え?」


唐突に切り出された話に、持ち上げかけていたティーカップを、ガチャッとソーサーに落としてしまった



「村の外れに住む老婆の家は、森に面しており、更には周辺の家々と距離があったことから、魔女だと疑われた。

容疑をかけられた老婆は、錯乱状態に陥り、知っている村人の名を、次々と揚げていった。

その揚げられた人間もまた、別の人間の名を口にしていく。

……結果、犠牲者はネズミ算式に増えていき、輝祈の両親も揚げられてしまったんだ」


幸い低位置だったため、割れることはなかったが、紅茶の水面がぐらりと揺らぐ


まるで……今の私の感情のように



「今の話を聞いて……

輝祈は、人間達の愚かさを恨むかい?」


水面は今も尚、揺らめいている


そして、私の心もまた、揺らめき続けていた
「……っ……恨んでいないと言えば、嘘になります。

でも、人間のことを嫌ってはいません。

『誤った娯楽に取り込まれてしまっただけで、本当は愛と優しさに溢れている』と、お母様に言われました。

なので私は……人間を信じたいと思っています

この組織で、人間を守りたいと、そう思っています」


私の言葉に一瞬、目を見開いた王寺暁人は、すぐに、ふっと表情を和らげた


「輝祈は優しい子だね。

あの二人が話していた通りだ」


しかし、その表情は険しいものへと変わる


「誤った娯楽───即ち誤楽に、取り込まれてしまった人間達、か……

輝祈。 この組織へ加入するならば、そういった人間達と向き合うことが、嫌でもあるだろう。

そして、死とも隣り合わせになる。

待ち受けている未来は、厳しく辛いものばかりだ。

それを理解しても尚……危険を冒すと分かりながらも、君はこの組織に加入するかい?」



お父様が教えてくれた未来での仲間は、きっとこの組織を意味している


本人に確認することはもう叶わないけれど、確かな根拠は何も無いけれど───確信があった



「受け継がれてきたこの家業を、両親の代で途切れさせるわけにはいきません。

それに、迷うことなど、何もありません。


道を踏み外してしまいがちな人間を救うと、お父様とお母様に誓いました。

なので私は、この命を懸けて、組織へ加入します」
雛桜家……否、魔法使いの家系は、代々、魔法使い同士がつがいとなり、子孫を繁栄させてきた


何故ならば、それが血を薄めないための、魔法使いの掟であったからだ


中には掟を破る一部の例外───即ち、魔法使い以外とつがいになる者も存在したが、

その魔法使いがつがいとなった時、代償として魔力を失った


魔法使いが私一人となってしまった今


もし仮に、私が誰かと結ばれたとしても、言うまでもなく、相手は魔法使いではない


誕生した子どもも、また魔力を持たない人間と結ばれ、間に誕生する子どもの魔力も、薄れたものとなる


時が経つにつれて、世代が移り変わるにつれて、次第に魔力は薄れていき、そしていつか───途絶える


つまり、私が死んでしまえば、純血の魔法使いは完全消滅する


後にせよ、先にせよ、この仕事を請け負う者は存在しなくなるのだ


そう分かってはいたが、両親の代で家業を途切れさせるのは


先祖代々、雛桜家が請け負ってきた、死と隣り合わせの───言うなれば、死へと自ら突き進むような仕事から逃避するのは


何もすることなく、二人の存在しない世界を生きるのは、想像しただけでも己自身を許せなく、耐えられなかった



きっと、王寺暁人もそれを分かっていた


分かっていたからこそ、私に最後の選択を迫ったのだろう


最終的な結末は変わらないが、継ぐにせよ、継がないにせよ、後悔の残らないように、と
……正直、自分の行動一つで人が救われ、もしくは犠牲となる


そう考えるだけで、自分の行動が、判断が恐ろしい


私がこの仕事を請け負うことによって、その重大な責任を背負うことになるのなら、逃げてしまいたい


そう思っている自分が、どこかにいる


けれど、もし私が何もしなければ、人間達は運命に従い、絶望へと突き落とされる


そして反対に、私が持つ〝力〟を使えば、運命をほんの僅かにでも変えることができる



この〝力〟で、誰か一人の運命でも変えることができるならば


誰か一人でも救うことができるならば


この仕事で、運命に抗おう


そう、思ったのだった



「……そうか。

流石は雛桜家の子だね。

あの二人とよく似ているよ。

その意志の強さも、それを象徴する瞳も」


王寺暁人の藍色の瞳に、私の菖蒲色が溶け込んだ


「では改めて……

これからよろしく、輝祈」


「はい、こちらこそよろしくお願いします、王寺あき……

……何とお呼びすればいいでしょうか」


脳内と同じく、フルネームで呼ぶという失態に気まずさを感じる


「ははっ、まさかフルネームだったとは。

そうだなぁ……呼びやすさも兼ねて、アキ、とでも呼んでよ。

それに、年は違えど仕事仲間なんだし、敬語なんて堅苦しいからいいさ」


しかしながら、王寺暁人は、さして気にする様子もなく、可笑しそうに笑いながらそう告げた