罵られても、怒りや悲しみ、そして狂った反応すら示さないお父様とお母様
男はそれが気に食わなかったようだ
『……ふんっ、つまらない奴らだ
まあいい。 処刑を開始しよう』
屈強な男達に指示を出すと、男は壇上の端の方へ掃けた
『皆のもの、篤と見るがいい!
我々を騙していた魔女どもの死にゆく姿を!!』
またも湧き上がった群衆は、より一層心躍らせ、壇上を見つめた
誰もが息を呑み、広場は静寂に包まれた
屈強な男達は、メラメラと燃え盛り、揺らめく炎の灯った松明を持つと、受刑者へと歩み寄った
『……あーあ、俺もあの役に任命されたかったなぁ』
ぽつり、と
近くにいた一人の痩せ型の男が呟いた
『そんなのオレだって、他の奴らだってそうだよ
諦めて、火がつけられるのを静かに見てようぜ』
その隣にいた小柄な男がそう諭し、再び広場は静まり返った
〝あの役〟とは、松明を手にしている男達のことを指している
受刑者の下へ置かれた薪の下へ、種火である松明を差し込み、火をつける───そんな、残酷な仕事
しかし、人々にとって、その仕事は大層名誉ある役とされていた
そのため、群衆の中でも、ほとんどの人間は、娯楽という楽しみに胸弾ませ、羨望の眼差しで揺れる炎を見つめていた
薪の下へと、松明が差し込まれる
少しの間を置いて、炎が薪へと燃え移った
刹那、群衆の興奮が音となり、声となり───広場に漂う空気を振動させた
燃え広がった炎は、その勢いを徐々に増していき、恐ろしい業火へと変わる
メラメラ パチパチッ
助けてくれっ! 本当は無実なんだ!!
熱いっ! 熱い!! ああ゙ぁあぁあぁあ……
薪の爆ぜる音と、受刑者たちの絶叫が───混じり合う
その不協和音は、聞いているだけで胸苦しくて、息苦しくて
まるで自分までもが、炎に焼かれているような感覚に陥る
群衆は、火刑のクライマックスともいえる、その光景に見入っていた
耐えきれずに、耳を塞ごうと両手を持ち上げた───その時
突如、目が眩むほどの眩しい光に、広場が包まれた
目を細めながら、何事かと周囲を見回す
少しして、目が慣れてきたため、ゆっくりと目を開けると
開けた視界の先───壇上に、光輝く二つの人影があった
目を瞑っているその二人は、お父様とお母様だった
炎は未だ揺らめき続けており、光の中でも、受刑者の身を焦がしているのが見える
しかしそこに、先程まであった〝もの〟は消えていた
悲痛な叫び声も、薪の爆ぜる音も……広場に響いていた音が消えていた
否、おそらく全世界の音が───消えていた
そして気付く
いつの間にか、全てのものが動きを止めていた
揺らめいていた炎は、その尖った先端を天へと伸ばした形で固まり
周囲にいた群衆も、目を庇うような態勢で、微塵も動く様子がない
全てのものが、時が───止まっていた
不思議と耳鳴りさえしない、その空間の中
お父様がゆっくりと、口を開いた
『……我らは雛桜家の者なり
我らの命を対価とし、この世界の人間を狂信から覚醒させ、
誤った娯楽に、終わりを告げよ───』
その呪文を詠唱し終わった直後
お父様とお母様を根源とし、より一層眩しい光が、世界を包み込んだ
しかし、その光は数秒後には消えていた
再び目を開けた時には、先程までと同じ広場があった
先程と、何ら変わりない
否、一つだけ違うところがあった
壇上にある、受刑者を縛り付けていた柱が、少なくなっていた
先程までと比べて、2本減っていた
ドクン、心臓が嫌な音を立てる
光が消えた後から、本当は気付いていたこと
けれど、どうしても認めたくなくて、認めることができなくて
その核心を、悪足掻きで否定していた
お父様とお母様が───消えていた
跡形も無く、まるで、初めから存在していなかったかのように
『……おや、私たちは、いったい何をしていたんだ……?』
『何言ってるんだ。 処刑を見に来た……んじゃ、ない、か……
え……どうして、そんなことを……?』
動きを止めていた群衆が、動き出した
時が再び───刻まれ始めた
皆口々に、何故あんな残酷なものを楽しんでいたのか。 そう呟き、首を傾げている
ふと、頭の中に一つの記憶が浮かび上がった
それは昔、魔法に関する本を読んでいた時の記憶
とある一冊の、一番最後のページに、記されていた言葉
〝魔法使いが死した時、その魔法使いのことを人間は忘れる。
夢でも決して思い出せないほどに、その記憶は洗い流され、削除される。
それに伴い、その魔法使いが関わった歴史は、全てが作り変えられていく。
人間が、何びとたりとも違和感を抱かぬように、辻褄が合わせられる。〟と
一度、物陰に隠れてローブを脱ぐと、再び群衆の中へ戻り、近くにいた一人の人間に声をかけた
『あの……すみません』
『はい、何でしょう?』
目の前の彼女がこちらを見る
意を決して、彼女に問いかけた
『……この村に、〝睡眠治療〟で有名な診療所は、ありませんか……?』
『睡眠治療? さあ……聞いたことないわね』
頭を、鈍器で殴られたような衝撃に襲われた
その後、何人かにも聞いてまわったが……答えは、同じだった
その中には、以前、診療所に訪れた人間もいたが、病のことを聞くと、
〝神頼みをしていたら治ったのだ〟と、そう言われた
あの本に記されていたことは、
紛れもなく、認めざるを得ない───事実だった
お父様とお母様が成し遂げてきた、治療の痕跡は───〝奇跡〟へと、塗り替えられていた
魔女狩りは終わった
お父様とお母様の、〝誰からも忘れ去られる〟という、残酷な死と引き換えに……
物陰で再びローブを羽織ると、今にも零れ落ちそうな涙を堪えて、私は走った
消えてしまったお父様とお母様が、存在していたという証を求めに
私が生まれる何年も前から、二人が暮らし続けてきた、あの家へ───
足を止めたその場所で、私は愕然とした
つい先程まで存在していたはずの我が家が、消えていた
目をこすり、再び目を開けるの繰り返し
何度も行ったせいで表れた痛みに耐えながら、もう何度目かも分からずに目を開けてみても、やはり、目の前の光景は変わらなかった
近隣の家々は、全く変わっていない
私が駆け抜けてきた時と変わらず、荒れ果てた状態だ
けれど、我が家だけが消えている
初めから存在していなかったかのように、その隙間は狭められ、路地となり、跡形も無く、残骸も無く───
それから私は、嘗て我が家が存在していたはずの路地へ入り込み、その場へ膝から崩れ落ちた
止めどなく溢れる涙を、拭うこともせずに
ただひたすらに、体を丸めて、泣き続けた
残虐な人間。 残忍な魔女狩り
それは、眩しいほどの光とともに
静かに、静かに───終わりを告げた
゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚ .゚*。:゚
嫌なことや悪いことは
立て続けに起きることが多い
たとえ、初めに
そんな意思が無かろうとも
状況が悪化し
更に悪い結末へと繋がっていく
そんなことが起こるのが
この世界であり
食い止めることなど
ほぼ不可能に等しい
……しかし、もし
それが可能ならば
人間はどんな手を使ってでも
運命に、抗う
「──、……き……輝祈!!」
「……!! っ!?」
はっと我に返ると、柚希が眉を八の字にして、顔を近付けていた
「大丈夫!? 輝祈───泣いてるよ?」
「……え?」
慌てて頬を触ると、私は確かに泣いていて
手がじわりと、涙で濡れた
「長いこと意識が飛んでいたようだけど、何かあったのかい?」
慎也も柚希の横で、心配そうな顔をしている
「……いいえ、何でもないわ
心配しないで
ただちょっと……昔のことを、思い出していただけよ」
自身の首にかかっている〝それ〟を、ギュッと握り締めた
二つの指輪が通された、銀色に輝くチェーンネックレスを───
「……これは少々、厄介なことになるかもしれないね
すまないけど、話を戻させてもらうよ」
慎也がそう切り出した
柚希は一度、こちらを心配げに見ると、表情をすぐに引き締め、慎也の方を見た
右手で涙を強く拭い、私も頷く
「綾瀬実栗と関わった……いや、綾瀬実栗を呼び出した生徒は、その全員が自主退学を申し出ている……
もしそれが、ただの退学であれば、まだ良いけど、もしかしたら事件に通じているかもしれない
輝祈は、そう考えているのかな?」
「ええ……」
「もし、それが事件へと通じているとすると、そうのんびりはしていられないね」
穏やかな口調だが、その中には焦りの色が見えた
「輝祈には引き続き、あの学校での調査をお願いするよ
綾瀬実栗を呼び出し、自主退学をした生徒があまりにも増え、学校が警察へ捜査を依頼した場合
又は、綾瀬実栗自身が、何か大きな動きを見せた場合には、接触を図ってもらいたい」
「……分かったわ」
ギュッと両手を握り締め、下唇を噛む
すぐに動けないことに、もどかしさと悔しさを感じながら
「……輝祈の思っていることも分かるよ
でも、知っての通り、僕達は正式な要請をもらってからじゃないと、捜査に踏み入ることはできない」
「僕らの存在を知っている、警視総監直々のお願いを貰ってからじゃないと、ね」
慎也の言葉に、柚希がそう付け足した
この組織を知る、数少ない人間のうちの一人である警視総監は、その地位に相応しく、威厳に満ち溢れている
だが、それと同時に、深い優しさをも兼ね備えている
家族へ向ける愛情と、同等と言っても過言ではないほどの優しさを、誰に対しても持っている……そんな、人だ
故に彼は、自身が許可を下してからでないと、この組織の出動を決して許さない
必要最低限、必要最小限、この組織の存在が、人々に広まらないようにするために
私達を、守るために───
「柚希は僕と、輝祈の学校の周囲の、見回りを兼ねた聞き込みをしよう」
「うん、分かった」
「輝祈の近くにいられるんだね」そう続けた柚希はとても嬉しそうで、私も嬉しくなった
「それじゃあ、また何かあったら、ここに来て報告するように」
「ええ。 それじゃあ」
席を立ち、一度、片手をひらりと振ると、再びエレベーターに乗り込んだ
綾瀬実栗の、どんなに些細な言動も、見落とさないようにと、心に決めながら───
ウィーンと、エレベーターが上へ向かう機械的な音がする
その音が止まったと同時に、エレベーターの扉を見つめていた慎也は、柚希へと視線を移した
「柚希はどう感じた?」
「うーん…………はっきりと断言はできないんだけどね?
輝祈、この件に関して思い詰めてるみたい
恐怖で怯弱になってる気を感じたよ
それに、昔のことを思い出したっていうのは……」
「きっと、ご両親が亡くなられた時の───魔女狩りの時のことを、何かの拍子に思い出してしまったんだろう」
柚希がそっと目を伏せる
「……輝祈は近いうちに、きっと夢を見る
〝最後の魔女狩り〟という、過去の悪夢を……」
そして、悔しそうな表情を浮かべながら柚希が続ける
「それでも輝祈は、やっぱり僕らには話さないんだろうね、そのことを
何度も思い出しては傷付いて
誰に相談するでもなく、自分の中に溜め込んでいく
今まで何度、それを繰り返して来たんだろう……」
「幾度となく悪夢を繰り返し見てきたこと、
輝祈は必死に隠し通しているみたいだから、僕達ができることは無いけれど……」
『どうか、心を壊してしまわないで』
二人はそう、強く願った