全てが終わりを告げる時

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数週間前から、テレビや新聞、雑誌などのマスメディアで話題になっているエ二スは


現在、幾つかの不具合が発覚したため、研究所内で改良にあたっている



……というのが、公に広まっている話


しかし実際、こんな生易しい現状なんかではない


日本は……地球は……とんでもない危機に晒されているのだ



数日前……そう、丁度あの少女──綾瀬実栗が転校してくる前日に、慎也からある連絡が入った


それは誰しもが一瞬、自身の耳を疑ってしまうだろうものだった


〝──エ二スが行方不明になった〟


これは現実なのか。 夢ではないのか、と思ってしまうほどの衝撃に襲われ、慎也に暫く言葉を返すことができなかった



人工知能を持つならば、そのくらいの事は起こるだろう、と研究所の人間達も想定していた


彼らは伊達に、日々、努力を惜しむ事無く、研究を積み重ねているわけではない


もし敵に回したら、とんでもなく恐ろしい努力の結晶──エ二スを、あっさり逃がしてしまう馬鹿ではない



しかしエ二スは、研究所の人間達の想定を大幅に上回るほどの知能を、いつの間にか得てしまっていたのだった
そして起きてしまった悲劇


何の罪も無い人間──警備員二人の死


〝何でもできる〟というのを実現させようとしたがために起きた事故


己の愚かさを悔やんだところで、時すでに遅し


どうする事もできない研究所の人間達は頭を抱えた


二つの命を奪った元凶だという事実に、苦しめられた


せめてもの罪滅ぼしに、苦しみから逃れるために、などという理由で、自殺を図った者も少なくはなかった


だがそれは、周りの人間達によって阻止された


更にこの世界から命が失われたところで、何の償いにもならず


尚且(ナオカツ)、そんな事をすれば、人類を滅亡させる、というエ二スの望みの手助けをしてしまうだけなのだ


失われて良い命など、この世界には一つも無いのだ


病人の治療をいち早く行い、少しでも多くの命を守ろうと、医療関係の人間達も忙しなく動き回っている


病人だけではない


これからの未来を担う若き人間達の死など、何よりも恐れられている


小学校、中学校、高校、更には大学で、〝いじめ〟なんてもののせいで命が失われる事を、何が何でも避けるため


世界中の職員達には、「いじめがある場合には何が何でも止めさせ、更に絶対にいじめを起こさせず、一人の命も失わせるな」という絶対命令が下された
そして、この現状の中で、一人でも多くの命を守るため、私達の組織を知る者から協力が要請された



──私達の組織


それは、この世界でもごく僅かな、しかもその秘密を受け入れ、決して他言しない人間しか知らない組織


それは…………


何かしらの特殊能力を持つ人間達の集まり


正式な名称は付いておらず、この組織を知る者は大抵、〝あれ〟や〝あの者たち〟と呼ぶ


〝特殊能力を持つ人間〟とは、陰陽師や魔法使い、霊媒師などの術師や、時には半妖や妖怪も含まれる



そして、先程、話している時に付いていたあの口調は、ここに居る慎也や柚希などの、この組織に関係する人間たちの前で自然と付く事務的な話し方なのだ


……ただし、昔からそうだったわけではない


〝あの事件〟がきっかけだった


私の大切な人たち───この組織に関係していた人が、自分達のためにその生涯を終えるという悲劇を、目の当たりにしてしまった時


無意識のうちに頭を埋め尽くしたものがあった


それを言葉で表す事は極めて難しいが、例えるならば、あれは……〝後悔〟


もう私の大切な人たちを、誰一人として犠牲にしたくない


もう私を守らなくても良いから、消えてほしくない



その思いが強かったためか、気付いた時には


決して子供扱いされないような、守られなくても良いというような、凛々しさを踏まえた、大人びた言葉遣いになっていた───
……そして現在、この組織に所属しているのは
、僅か三人


そう……私と慎也と柚希だけ



嘗(カツ)ては、世界人口の約五分の一が、特殊能力を持つ人間だった、と云われている


それも、世界各地に分布しており、各国に一人は必ず居たそうだ


しかし、〝あの事件〟によって、急激に少なくなってしまった



──〝あの事件〟


それは決して拭えぬ歴史と記憶



それは…………〝魔女狩り〟



中世末期頃に、ヨーロッパから始まり、大陸を渡ってアメリカへと広がり、最終的には世界中へとその規模は拡大していった



魔女狩りが始まってしまった原因は、中世の異端審問官達が、異端運動の衰退後の新しい職場探しの末につくりあげた、単なる嘘のようなものだったそうだ



ある人間を憎み、恨む人間が、異端審問官に「あれは魔女だ」と密告し、

異端審問官──元(モト)い、魔女狩りを行う教会の人間達は、密告された人間を拷問にかけ、処刑する


魔女として逮捕された人間は、処刑の前に全財産を没収されることになっており、

教会側はこの没収した財産を、魔女狩りの経費や、自らの給料に当てていた



当時は社会的にも不安定な時代で、魔女という名の付いた他人を、不安を解消するための攻撃対象とし、

異端運動が衰退したことにより積もりに積もった鬱憤晴らしの標的とした


更には金の出処としていたため、教会の人間達にとっては、まさに一石二鳥...否、三鳥だった
……しかしそんな、教会の人間達にとって夢のような話だった魔女狩りにも、〝滅び〟の時はやってくる


魔女狩りが衰退し始めたのだ


何の罪も無い人間達が、恐怖から解放される時が、遂に、やってきたのだ


教会の人間達にバレないように、影で多くの人間達が歓喜の声をあげた───



……が、しかし


まるでショーのフィナーレかのように、全世界を揺るがす最大の事件が起きた



〝最期の魔女狩り〟


世界を変えた一つの歴史として、今でも学習の過程で必ず一度は習う



しかし、これが起きたのは近代初期頃のため、これを経験した者は、誰一人として存在しない



ただ一人…………私を除いて





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あれは、私が10歳を迎えたばかりの頃だった───



私の家は、小さな診療所だった


お父様とお母様の二人で営んでおり、〝小さな〟と言っても、誰もがその存在を知っていた



何故なら人間達から、〝どんな病も治す診療所〟と、うたわれていたからである


たとえ、死を待つしかないと他の病院や診療所で診断を受けたとしても、お父様とお母様はすぐにその病を治してしまうのだ


それも、ものの数分、患者を眠らせるだけで


そのため人間達は、この治療法を〝睡眠治療〟と呼んでいる
医療技術を少しでも進歩させたいと、この睡眠治療の方法を聞きに来る医者が居るが、どんなに頼み込まれても、これが公開される事は無い


否、公開する事ができない、という方が正しい


何故ならこの治療は…………



〝魔法使い〟だからこそ為せる業なのだから



代々受け継がれてきた魔法使いの血を世間に知らせる事は、先祖への裏切り行為だ


更に、魔女狩りが盛んなこの時代に公開するなど、自殺行為とも言える



故に、人間が好きだからこそ診療所を営むお父様とお母様も、こればかりは人間に手を差し伸べる事ができないのだ


始めは心を痛めていたお父様とお母様も、だんだん仕方のない事だと思えるようになり、診療所を始めて五年が経つ頃には、大分慣れてきた



そして五年が経つ頃──私が10歳を迎えたばかりの頃に、事件は起きた───



『お父様! お母様! 見て!


新しい魔法ができるようになった!』


私は手に、形を自由自在に変えられる小さな炎を乗せながら、お父様とお母様の元へと駆け寄った



お父様は私を見ると


『……!? 輝祈!! 今すぐその火を消せ!』


……いきなりそう、声を張り上げた


その慌てたような、怒っているような形相に驚き、思わず魔法が解ける


手に乗っていた炎がすっ、と手に吸い込まれるようにして姿を消した



『……!! ご、ごめんなさぃ……っ』


炎が消えた後も変わらない形相のお父様に、がばっ、と頭を深く下げ、謝る
…………


三人の中に、暫しの沈黙が訪れた


張りつめた空気がピリピリと肌を刺す



どれほどの間があっただろうか


『……顔を上げなさい』



沈黙を破ったのは、お父様だった


お父様のその言葉に、恐る恐る顔を上げる


すると



『…………え……?』


思わずそんな声が零れた


何故ならお父様の形相が、先程と打って変わって、喜びに満ち溢れているようだったから



『すごいじゃないか輝祈!


流石、私たちの娘だ!』


そう言って、大きな手で頭を撫でてくれるお父様に、頭が混乱して言葉を返す事ができない


すると、今まで黙って聞いていたお母様が、徐に口を開いた


『えぇ、本当にすごいわよ


……でもね、輝祈。 それを普通の人間に見せてはいけないことは分かっているだろうけれど……』


一度間を置いて、再び言葉を紡ぐ


『これからは誰にも───お父様やお母様にも見せないようにして』


『っ!? ……どう、して……?』


そんな事を言うなんて、お父様とお母様は、私を嫌いになってしまったのだろうか?


耳障りで、目障りなだけだから、もう話しかけないでほしいのだろうか?



目頭がじんわり、と熱くなり、涙が出そうだと分かった私は


泣いてこれ以上お父様とお母様に迷惑をかけないように、零れ落ちるのを防ごうと咄嗟に顔を顰めた
そんな私の様子を見たお母様は、私が何を考えているのか瞬時に悟ったようで


慌てた様子で私に駆け寄り、その腕で私を強く抱きしめた


『あなたの事を嫌いなわけじゃないのよ……?


あなたを嫌いになるなんて有り得ないわ


魔法を見せてくれるのも迷惑だなんて思ってない


どうか、それだけは分かってちょうだい……』



苦しそうに、辛そうに言葉を吐き出すお母様に、その言葉達が嘘だとは到底思えなくて


私は腕の中で、大きく頷いた



『……でも、それならどうして……?』


私は小さな声でそう問いかける


するとお母様は、私の目をじっと見つめ、ゆっくりと言葉を紡ぎ出した



『今、この世界がどのような状況か、分かっているわよね?』



『……うん。 今、この世界は…………


各地で魔女狩りが行われている』


私の答えを聞いたお母様はこくり、と頷き、そして静かに語り始めた



『魔女の疑いをかけられた人間は、拷問を受けながら、仲間がいないかという問いを投げかけられる

その人間がそこで口にした名の人間は、同じように拷問を受け、質問をされ、そして最後には……処刑される

自分が処されることに不満を持つ人間たちは、自分のまわりの人間の名を次々と挙げていくわ


それはその地を巻き込み、近隣の地を巻き込み、多くの被害を及ぼす

つまり、負の連鎖が続いていくの


……つい先日、この村の一人が魔女狩りの対象になったわ


平和だったこの村にも、もうじき終わりが訪れる』
〝こんな残酷な現実、本当は子どもに話していいものなんかではないのだけれど……〟お母様は悲しそうに、そう付け足した



この村にも……魔女狩りの被害が及んだ


その事実に、何も考えられなくなった


『……もう、こうやって幸せに暮らすことは……できないってこと?』


回らない頭をなんとか動かし、必死に考えて紡ぎ出した言葉は、ひどく、震えていた


『ええ、そうね……

急にこの診療所を潰せば、教会の人間はきっと怪しむでしょうから、

暫くはここで暮らすけれど……

様子を見て、この地から離れなければいけないと思うわ』


『そん、な……っ』


まだ幼く、魔力の制御が未熟だった私は、

あまり人間と関わることはなかったため、大切な人との別れがあるわけではない


ただ、この地が気に入っていた

否、好きだった


自然豊かで、淀みのない澄んだ空気が広がっていて、空が綺麗なこの地が


『疑いをかけられた、この村の人間は、きっと今頃、拷問を受けているわ

この診療所は広く知れ渡っていたから、いずれ、教会の人間がやって来るでしょう


だからお願い、輝祈

この終わりの見えない、魔女狩りの悪夢が消え去るまで、人前で……私たちの前で、

決して魔法を使わないと約束して』



『……はい』