全てが終わりを告げる時

一度欲しいと思った物は、誰が止めても諦めず、そして必ずと言っていい程に手に入れてしまう、頑固な柚希が


それに、〝止めてあげないと〟?


という事はつまり……


「全部、仕組まれていた事なのね?」


「ご名答」


「ごめんね、輝祈!


でも、輝祈が全然来てくれなかったから、僕らすごく寂しかったんだよ?


そしたら、路地を通る輝祈の気配を感じたから、慎也と話して、ちょっと虐めてあげようってなって♪」



「はぁ……」


今日一日で、一体何度、溜め息を吐くのだろう


「私も悪かったわ。 本当にごめんなさい」


「うん! じゃあこれからは、たくさん来てね?」


「...ええ」



ニコニコと嬉しそうに笑っている柚希と


呆れ半分、申し訳なさ半分で気まずい私


この状態をどうにかしてほしい、と慎也を藁をもすがる思いで見つめると、それに気付き


「……そろそろ本題に入ろうか」


慎也がそう切り出した



部屋の中央に設置されている、少し大きめの長方形の机を囲むように、三人で周りの椅子に座った


先程まで笑顔だった柚希も、真剣な顔つきになり、部屋の中を静寂が包んでいた


その静寂を壊すように、私は静かに話し始めた
「……数日前、〝あれ〟を学校の敷地内で見つけたの」


〝あれ〟というのは、空に漂っていた黒い物体のことを示している


二人は、それが何を意味するか瞬時に理解し


「えっ!?」


「ここ数年間、何も無かったというのに、今更かい?」


柚希と慎也も動揺を隠せずに、そう問うてきた


私はそれに無言で頷き、更に言葉を続ける


「そしてその日、私の学級に一人の少女が転校してきたわ」


「...それは、ただ単に、偶然とかでは無いのかい?」


柚希も首がもげそうな程、何度も頷き、同意を示す


「いいえ、そんなはずは無いわ

だって彼女が……


私がここに来た理由なのだから」



「……そう。 ……じゃあ取り敢えず、その転校生について、容姿や性格、行動などを一通り、聞かせてほしい


もし気になることでもあるのなら、それも踏まえて」


冷静にそう言った慎也


しかしまだ、先程のことで動揺しているようだ


当の本人である慎也も、気付いていないのだろうが


机の上に置かれている彼の手が、先程から何をするでも無く、ただただ忙しなく動いているのだから



「...ええ。 なら大まかに説明するわね


転校生の名前は綾瀬実栗


漆黒の髪と瞳で、肌が雪のように白くて、整った顔立ちをしていて...世間一般で言う、〝美少女〟というものなのかしら


休み時間の度に彼女の周りに人だかりができて、色々な質問をされているけれど


出身地や前の学校について聞くと『遠く』としか答えず、その後、問い続けてもただ微笑むだけ」
「そして彼女が来てから、色々なことが変わったの

一つ目は───」


それから全てを、二人に話した


学校の変化や私の疑問など


そして、私が初めて人間に恐怖心を抱いたことも


本当に、全て───



二人は最後まで、口を挟むことなく、静かに聞いていた



話し終えてから二人を見ると


一度緊張の糸を解くようにふう、と息を吐き、そして再び表情を引き締めた


そして始めに口を開いたのは、柚希だった


「……輝祈のその恐怖心ってさ、ただ単にその子が苦手なだけの、嫌悪感とは違うんだよね?」


「ええ。 そうだと思うけれど……」


「〝けれど〟ってことは、確証は無いっていうこと?」


「……よく分からない


どちらも今まで、感じたこと無いから...」


そう。 正直言うと自分でもよく分からない


必要最低限、普通の人間とは話さなかったし、
私達と関係がある人間は、厳しかったりもしたけれど、全員良い人ばかりだった


だから私は、こんな感情を抱いた事は無いのだ


「それがただの苦手意識だけならいいけど……


分かっているだろうけど、恐怖心という確証が無いならば、僕達はその子を調べることも見張ることもできない


たとえ綾瀬実栗という少女が、妖怪や幽霊、もしくは……



...エ二スだとしても」
慎也がその言葉を口にした瞬間、目の前の二人の顔が瞬時に強ばった


私も彼らと同様に強ばっているに違いない



エ二ス(Anyth)


anything──《何でも》という意味の、この英単語から名前を取ったそのロボットは


その名の通り、何でもする事が可能なのだ


例として幾つか挙げるとするならば


どんなものにでも姿を変えることができ、声色さえも自由自在に操り


また、ファンタジー要素を踏まえたものでは、空を飛ぶこともできる


いわば、世界最強の存在と言えるのだ



そしてエ二スは、人工知能を持つ


それこそ、某名門大学の受験を、満点で合格できるほどの頭脳を。 それを巧みに駆使できる知能を


...つまり、もし人間に反逆を図ったならば


人類は……いや、この世界は、例外など無く、確実に滅ぼされてしまうだろう



しかし、人間の手によって作られた恩が、あるためなのか何なのか、今までどんな要望も受け入れ、文句も言わずに遂行してきた



そう、〝今まで〟は……



これから綴られる話は


この不思議な家の地下で、未だに顔を強ばらせている私たち三人と、この組織に関わっている人間


そして、エ二スを作り出した研究所の人間しか知らない、この世界の絶望的な現状である
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数週間前から、テレビや新聞、雑誌などのマスメディアで話題になっているエ二スは


現在、幾つかの不具合が発覚したため、研究所内で改良にあたっている



……というのが、公に広まっている話


しかし実際、こんな生易しい現状なんかではない


日本は……地球は……とんでもない危機に晒されているのだ



数日前……そう、丁度あの少女──綾瀬実栗が転校してくる前日に、慎也からある連絡が入った


それは誰しもが一瞬、自身の耳を疑ってしまうだろうものだった


〝──エ二スが行方不明になった〟


これは現実なのか。 夢ではないのか、と思ってしまうほどの衝撃に襲われ、慎也に暫く言葉を返すことができなかった



人工知能を持つならば、そのくらいの事は起こるだろう、と研究所の人間達も想定していた


彼らは伊達に、日々、努力を惜しむ事無く、研究を積み重ねているわけではない


もし敵に回したら、とんでもなく恐ろしい努力の結晶──エ二スを、あっさり逃がしてしまう馬鹿ではない



しかしエ二スは、研究所の人間達の想定を大幅に上回るほどの知能を、いつの間にか得てしまっていたのだった
そして起きてしまった悲劇


何の罪も無い人間──警備員二人の死


〝何でもできる〟というのを実現させようとしたがために起きた事故


己の愚かさを悔やんだところで、時すでに遅し


どうする事もできない研究所の人間達は頭を抱えた


二つの命を奪った元凶だという事実に、苦しめられた


せめてもの罪滅ぼしに、苦しみから逃れるために、などという理由で、自殺を図った者も少なくはなかった


だがそれは、周りの人間達によって阻止された


更にこの世界から命が失われたところで、何の償いにもならず


尚且(ナオカツ)、そんな事をすれば、人類を滅亡させる、というエ二スの望みの手助けをしてしまうだけなのだ


失われて良い命など、この世界には一つも無いのだ


病人の治療をいち早く行い、少しでも多くの命を守ろうと、医療関係の人間達も忙しなく動き回っている


病人だけではない


これからの未来を担う若き人間達の死など、何よりも恐れられている


小学校、中学校、高校、更には大学で、〝いじめ〟なんてもののせいで命が失われる事を、何が何でも避けるため


世界中の職員達には、「いじめがある場合には何が何でも止めさせ、更に絶対にいじめを起こさせず、一人の命も失わせるな」という絶対命令が下された
そして、この現状の中で、一人でも多くの命を守るため、私達の組織を知る者から協力が要請された



──私達の組織


それは、この世界でもごく僅かな、しかもその秘密を受け入れ、決して他言しない人間しか知らない組織


それは…………


何かしらの特殊能力を持つ人間達の集まり


正式な名称は付いておらず、この組織を知る者は大抵、〝あれ〟や〝あの者たち〟と呼ぶ


〝特殊能力を持つ人間〟とは、陰陽師や魔法使い、霊媒師などの術師や、時には半妖や妖怪も含まれる



そして、先程、話している時に付いていたあの口調は、ここに居る慎也や柚希などの、この組織に関係する人間たちの前で自然と付く事務的な話し方なのだ


……ただし、昔からそうだったわけではない


〝あの事件〟がきっかけだった


私の大切な人たち───この組織に関係していた人が、自分達のためにその生涯を終えるという悲劇を、目の当たりにしてしまった時


無意識のうちに頭を埋め尽くしたものがあった


それを言葉で表す事は極めて難しいが、例えるならば、あれは……〝後悔〟


もう私の大切な人たちを、誰一人として犠牲にしたくない


もう私を守らなくても良いから、消えてほしくない



その思いが強かったためか、気付いた時には


決して子供扱いされないような、守られなくても良いというような、凛々しさを踏まえた、大人びた言葉遣いになっていた───
……そして現在、この組織に所属しているのは
、僅か三人


そう……私と慎也と柚希だけ



嘗(カツ)ては、世界人口の約五分の一が、特殊能力を持つ人間だった、と云われている


それも、世界各地に分布しており、各国に一人は必ず居たそうだ


しかし、〝あの事件〟によって、急激に少なくなってしまった



──〝あの事件〟


それは決して拭えぬ歴史と記憶



それは…………〝魔女狩り〟



中世末期頃に、ヨーロッパから始まり、大陸を渡ってアメリカへと広がり、最終的には世界中へとその規模は拡大していった



魔女狩りが始まってしまった原因は、中世の異端審問官達が、異端運動の衰退後の新しい職場探しの末につくりあげた、単なる嘘のようなものだったそうだ



ある人間を憎み、恨む人間が、異端審問官に「あれは魔女だ」と密告し、

異端審問官──元(モト)い、魔女狩りを行う教会の人間達は、密告された人間を拷問にかけ、処刑する


魔女として逮捕された人間は、処刑の前に全財産を没収されることになっており、

教会側はこの没収した財産を、魔女狩りの経費や、自らの給料に当てていた



当時は社会的にも不安定な時代で、魔女という名の付いた他人を、不安を解消するための攻撃対象とし、

異端運動が衰退したことにより積もりに積もった鬱憤晴らしの標的とした


更には金の出処としていたため、教会の人間達にとっては、まさに一石二鳥...否、三鳥だった
……しかしそんな、教会の人間達にとって夢のような話だった魔女狩りにも、〝滅び〟の時はやってくる


魔女狩りが衰退し始めたのだ


何の罪も無い人間達が、恐怖から解放される時が、遂に、やってきたのだ


教会の人間達にバレないように、影で多くの人間達が歓喜の声をあげた───



……が、しかし


まるでショーのフィナーレかのように、全世界を揺るがす最大の事件が起きた



〝最期の魔女狩り〟


世界を変えた一つの歴史として、今でも学習の過程で必ず一度は習う



しかし、これが起きたのは近代初期頃のため、これを経験した者は、誰一人として存在しない



ただ一人…………私を除いて





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あれは、私が10歳を迎えたばかりの頃だった───



私の家は、小さな診療所だった


お父様とお母様の二人で営んでおり、〝小さな〟と言っても、誰もがその存在を知っていた



何故なら人間達から、〝どんな病も治す診療所〟と、うたわれていたからである


たとえ、死を待つしかないと他の病院や診療所で診断を受けたとしても、お父様とお母様はすぐにその病を治してしまうのだ


それも、ものの数分、患者を眠らせるだけで


そのため人間達は、この治療法を〝睡眠治療〟と呼んでいる