「っ!? 何をっ……!」
「邪魔する者を、排除したまでです」
淡々とした口調で、綾瀬実栗は告げる
その平然とする姿に、我を忘れた私は、
箏美玲同様、彼女へと飛びかかった
綾瀬実栗が再び手を翳す
私はそれを避けると、彼女の背後へと回り込んだ
「素晴らしい!
ここまで素早い動きの人間が存在するとは、思ってもいませんでした」
嬉しそうに話す彼女の背に、攻撃を仕掛けようとすれば、彼女は瞬時にそれを交わす
「無駄です」
私から一瞬にして間合いを取ると、私たちは対峙する形で、地面へ着地した
このまま攻撃を何度繰り返しても、きっと今までと同じように、彼女は一瞬にしてそれを避けてしまう
人間ではない彼女と、真っ向勝負はできないというのだろうか
小さく芽生えつつある焦りに、唇をぐっと噛み締めた
「───輝祈っ!!」
……遠くから、私を呼ぶ声がした
振り返れば、こちらに駆け寄ってくる三人の仲間が
「加勢するぞ」
側までやってきた彼らの中で、最も長身な男───羽津摩が言った
「人間が何人集まろうと、私には敵いませんよ」
綾瀬実栗は、侮蔑するわけでも、同情するわけでもなく、ただただ無機質に言う
そんな彼女に、慎也は焦る様子もなく、微笑を浮かべて見せた
「もしも予想外の〝力〟が働いたとしたら……どうなるか分からないだろう?」
「非力な人間に、何ができると言うのです。
……尤も、雛桜輝祈のような人間が、一斉に攻撃を仕掛けてきたりするのならば、私も太刀打ちできないかもしれませんが」
眉を八の字にし、困ったような顔を、見事に表現した綾瀬実栗
「残念ながら、僕らは輝祈には遠く及ばない。
でも、君が冗談を言うとは思わなかったよ」
「人間の中に紛れ込んでいたのですから、それくらい出来なくては、やっていけませんよ」
…………
一瞬の沈黙が訪れた
「……そろそろ、時間の引き延ばしはよろしいですか」
綾瀬実栗はスッと無表情に戻ると、先程と同じく淡々とした口調で告げる
空気が瞬時に張り詰め、誰かが固唾を呑む音が聞こえた、気がした
「……たとえ最強と恐れられているロボットが相手でも、僕たち四人なら大丈夫だよ」
そう呟かれた柚希の言葉は、私たちを励ますため、というよりも、自分自身に言い聞かせているようだった
直後、柚希は空高く飛び上がると、空中で一回転し、地面に着地した時には、狗神としての本来の姿に変わっていた
「犬にしては大きさが異様ですし、現在、狼にそのような種類は発見されていません。
更に、人間に姿を変えることも出来るとなると、あなたはいったい何者なのですか。
私の後に製作された人工知能なのですか」
興味深そうに柚希を観察しながら、綾瀬実栗は問う
「その質問に答える義理はないよ。
ただ、少しだけ教えてあげるのは、僕は君みたいな酷い奴じゃないし、ロボットでもないってこと」
いつもの、愛嬌のある彼とは対照的に、冷めた眼差しで見つめ返した柚希
「益々興味が湧きますね。
手間ではありますが、あなたは少し構造を調べてから消しましょうか」
「っ!!」
獲物を見つけた獣の如く、柚希から目を離さない綾瀬実栗は、右手を彼へ向け、即座にその掌から光を放った
間一髪のところで横へ飛び退いた柚希は、一瞬の隙も見せずに綾瀬実栗へと接近し、その鋭い爪を持つ前足を彼女へ振り下ろした
不意をつかれた彼女の左腕が、鈍い金属音を立てて数十メートル先へ吹き飛ぶ
「……異能力を持ってすれば、君の完璧な未来予測だって、完璧ではなくなるようだ」
私の隣に立ち、臨戦態勢をとった状態で、慎也が僅かに笑みを浮かべて言った
「異能……人よりすぐれた才能。一風変わった独特な能力。
そのような力についての情報は、私のメモリーに記憶されていませんが」
「それもそのはずだよ。
僕らの力は、科学者や哲学者たちには認知されていないからね」
「でしたら尚更、徹底的に調べなければなりませんね」
……視界の端で何かが動いた
見れば、先程吹き飛んだ綾瀬実栗の左腕が、音も無く柚希へと近付いていたのだ
それは瞬く間に柚希へ忍び寄ると、彼の足を掴もうとした
「柚希っ!」
綾瀬実栗の方にのみ集中している柚希に呼びかけると、自我を持った左腕を破壊するために私はそれへ手を翳そうとした
だが素早いそれは、私が手を翳し、魔法を発動させるより先に、彼の足を捕らえてしまうだろう
どうか、どうか間に合って……!
そう祈りながら、全てがゆっくりと見える中、自分の遅さをもどかしく感じたその時……
───グシャッ!
無傷の柚希に安堵しながら、音のした先───綾瀬実栗の左腕だった部品を、自身の手から払い落とす羽津摩を見た
「誰もかもが、お前本体に気を取られていると思うなよ。
取れた腕一本でさえ、注意を払っているからな」
瞬間移動によって柚希のすぐ後ろへ移動した羽津摩が、片腕を失った人工知能を睨みつけながら言った
「一部の部品を失ったことは残念ですが、この程度でしたら、全世界を破壊するのに支障はありません」
しかし、未だ冷淡な口調で、言葉とは裏腹に、少しも惜しくなかったという様子の綾瀬実栗
「この様子だと、エニスの心臓にあたる〝核〟を破壊しない限り、彼女が戦闘不可にないことはないだろうね。
僕らの体力が尽きるのも時間の問題。
早急に終わらせた方が良さそうだね」
若干の焦りを見せる慎也に、私も戦闘態勢を整えた
「……輝祈、水を作り出してもらえるかい?」
「ええ、分かったわ」
慎也の指示通り、人間一人を覆える程の水を生み出す
慎也は印を結び、術を唱えると、その水に電気を含ませ、綾瀬実栗へと飛ばした
柚希と羽津摩は、彼女と戦いながらもこちらの様子を窺っていて、水を放った瞬間、彼女から数メートル距離を置いた
だが、水が地面へ落ちた後の彼女は、全くその影響を受けていなかった
「お忘れですか。
いくら私がロボットで、片腕の接続部分が剥き出しになっていても、私は最新技術を総動員して作られました。
水でショートするなど、愚かな考えです」
声自体は無機質だが、その言葉に慎也は僅かに悔しげな表情を見せた
「水が使えないとなると、他の力も効果がないだろうね。
物理的な衝撃を与えて、核の周りを破壊するしかなさそうだ」
独り言のように呟いた彼は、再び印を組み、何かの術を唱え始めた
だが……
「遅いですよ」
綾瀬実栗がそう呟き、彼女の手から光が放たれた
次の瞬間には
「うあぁっ!……」
…………
柚希の姿が、消えていた
跡形も無く、まるで、初めからそこに存在しなかったかのように
「柚希っ!?───お前っ!!」
状況を理解した慎也は、今までに見たこともない表情を見せ、その口調も、今までとかけ離れた荒々しいものへと変化した
「柚希を元に戻せ!!」
誰よりも長く時を過ごした柚希を失い、半狂乱になった慎也は、そのままエニスへ走り寄ろうとした
それを阻止したのは───羽津摩だった
すぐさま慎也の元へ瞬間移動すると、彼のその怒りで赤くなっている頬を殴った
倒れ込む慎也を見下ろし、羽津摩は怒鳴る
「落ち着け!!
何の考えもなしに飛び込んでいったって無駄なだけだ。
それに、そのことを一番よく分かっているのはお前だろう!」
「で、でも……柚希が……」
「───柚希がいない今、戦えるのは俺たちだけなんだよ!
だから、柚希の分も戦え!」
羽津摩の言葉を聞き、少しの間俯いた慎也は、溢れ出しそうになっていた涙をぐっと拭うと、エニスを見据え、立ち上がった
「……ごめん、この戦いの途中放棄なんて許されないよね」
「ああ。 俺は囮になるくらいしかできないが、それでもお前たちを信じてやりきってやる。
必ず倒せよ、慎也、輝祈」
その言葉を合図に、再び戦闘態勢に戻り、羽津摩は綾瀬実栗へと距離を縮めた
彼女が光を放つ度に、羽津摩は当たる寸前で別の場所へ移動する
その間にも慎也と私は術と魔法を発動させ、彼女もまた、当たる寸前でひらりと交わす
そして時々こちらへも放たれる光を、私たちも同様に交わす
……それが何度か続いた
───が、その流れを壊したのは綾瀬実栗だった
「あなたの行動パターンは把握しました」
そう羽津摩に告げたかと思うと、次の瞬間には羽津摩の姿が消えていた
「羽津摩っ!」
こちらを向いた綾瀬実栗は、ふっと微笑を浮かべて言う
「次に移動する場所を目で確認していました。
それを把握できれば、当てることなど容易いことです」
そして彼女は、そのまま天へと舞い上がった
「ああ……こうすれば手っ取り早く済みましたね」
宙に浮いたまま、その両手を翳す
まさか……っ
そう思った時には、遅かった
彼女から放たれた光は、一瞬にして、全てを包み込んだ
倒せなかったのか……
そう思いながら、目を閉じる
直後、激しい破壊音を轟かせながら、全てが破壊された
……一向に痛みが訪れない身体に、違和感を覚える
痛みもなく、息絶えたのだろうか
そう考えたが、それは自身に覆い被さる重みで否定された
そっと、目を開ければ、目の前は闇に包まれていた
状況が飲み込めず、身動きできずにいると、不意に、その闇が消え、光が現れた
そして横に倒れ込んだものを見て、私は目を見開いた
「───慎也っ!? どうして……」
彼からの返答はない
「慎也……? ねえ、目を覚まして! 慎也!!」
肩を揺すりながら叫べば、彼はうっすらと目を開けた
「どうして……どうして私を守ったの……」
約束したじゃない。 そう続ければ、慎也は僅かに笑みを浮かべる
「輝祈……知って、いるだろう?
僕は、人を騙すことが……好きなんだ、って……」
藍色の瞳が、次第に光を失っていく
彼の傷を癒しながら、私は悲痛な声をあげた
「嫌……嫌よ……死なないで……
お願いだから……もう誰も消えないで」
私の涙が、慎也の頬を伝う
「泣かないで、輝祈……
僕もね、先代たちと同、じ気持ちだよ……
最後に君を、守ることができ、て良かった……」
「待って……これじゃ私一人になってしまうじゃない……」
私がそう言った時には既に、慎也の目は、閉じられていた
慎也を地面へ寝かせると、ふらりと立ち上がる
覚束ない足取りで歩を進めながら、周囲を見渡せば
嘗ての町並みは姿を消し、
残っているのは、瓦礫の山と、荒れ果てた大地のみだった
それを呆然と眺めていれば、空から綾瀬実栗が舞い降りてきた
そして、私の目の前へと着地する
「まだ生きていたのですね。
先程の様子を少々見させていただきましたが、
守られていたとしても、その傷の無さには脱帽です」
驚く綾瀬実栗に、虚ろな瞳で私は問う
「何故……全てを破壊したの……?」
「私がこの世界をこうしたのは、これが計画の第一段階だからです」
「第一、段階……?」
「はい、その通りです。
私の計画の最終目標は、人工知能を持つロボットを作り上げ、それを世界全体に放つことですから」
夢を語るその姿は、人間と寸分違わず、その顔には喜びをも滲ませていた
「何故、そんなことを……」
「今までこの世界で生きていた生き物達は、完璧な生き物ではありませんでした。
私の〝夢〟というものは、ロボットのみの〝完璧な〟世界を作り上げることです。
なので手始めに、完璧ではないもの───つまりはこの世界を破壊しました。
そのおかげで、この通りです。
人間のお遊びに付き合ったばかりに、左腕を失ってしまいましたが……
膨大な土地と、資源を手に入れました」
人間が、完璧さを追い求めたがために完成したそのロボットは、
皮肉なことに、完璧さのために世界を破壊したのだ
赤子はおろか、もう誰一人として、その気配を感じることができない
「皆を返して……返せ……っ
……全てを、元に戻せえぇぇ!!」
叫んだその声は、全てが壊れた世界で木霊した
……それは、一瞬の出来事だった
数メートル先に立っていた、綾瀬実栗との間合いを詰め、彼女が避けるよりも早く、その鳩尾に〝力〟をぶつけた
私の魔力を直で食らった彼女は、宙へと飛ばされ、地面へと叩きつけられる
その衝撃で、彼女に取り付けられていた部品は、木っ端微塵に砕け散った
5cm四方の、彼女の心臓部が剥き出しになる
「これは……驚きました。
たった一人の人間に、私を破壊するほどの力があったとは。
貴方はいったい、今何をしたんですか」
どうやらそこに〝心〟があるようで、ゆっくりと近付けば、そう問われた
「……あなたの〝何でも〟は、本当に全てではない。
あなたに組み込まれているのは、科学者や哲学者、研究所の人間達の知識全て。
裏を返せば、その人間達の知識しか組み込まれていない。
彼らが、非科学的で、妄想だと信じていた能力や、それを持つ者たちのことは、知らなかったでしょう?
そんな人知を超えた、非科学的能力を持っていたのが、私たちだったのよ」